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MANZAIの手引き

漫才を観るにあたっての手引きをもらった。

ユタオは4才の娘が熱が出て来れなくなってしまったが、LINEで手引きをくれた。

母国で日本語を専攻していたので日本語の聞き取りはバッチリ。

ただ日本の文化芸能である漫才というものをユタオは教えてくれたが、どうやら昨日の今日の外国人には受け入れ難い芸能らしいのだ。


漫才を観るにあたっての手引き

①演者にも観客にも、演者が観客を前に喋っているという前提がある。

②演者にも観客にも、演者がその場で台本のない立ち話をしているという前提がある。

③演者にも観客にも、演者があらかじめ台本のあるネタを演じているという前提がある。


…いやいや。

なんだこれは?

全く理解がデキマセーンƪ(˘⌣˘)ʃ

①と②は両立する。

①と③も両立する。

②と③は両立しないだろう。

全く意味フʅ(◞‿◟)ʃ


とりあえずユタオが用意してくれたチケットの座席に座る。

最前列ど真ん中。

左右背後には300人は観客がいる。

パンパン。

やはり漫才は人気である。

BGMがグーーーンと上がって、徐々に会場が暗くなる。

舞台上のスクリーンに出演者10組のカッコイイ紹介VTRが流れて、また明るくなって、1組目の2人組が出てきた。

「どーもーーーーーーーーーーはいどーもー、空っぽクッキーです〜、よろしくお願いしまーす!」

なるほど、手引き①だ。

確かに観客がいる前提だ。

これは馴染みのあるコントや演劇との明確な違いである。

「いやーいきなりやねんけどさ、芸人で成功したらさ、自分で店もって、昔ながらの喫茶店やりたいねん」

「…」

「うわぁ!」

ずっと黙っていた右の黒髪ロングの小柄な男性が、左の茶髪の胸ぐらを掴んだ。

観客がフワッと笑ったあと、示し合わせたかのように静寂になる。

「…」

「…」

「…」

「…」

「…いいと思う」

「言葉と行動!」

観客が安堵から解き放たれたようにドッと笑う。

なるほど、確かにその場で思いつきで喋っている前提②がある。

前提③はまだ分からない。

「いいと思ってくれてんねや」

「すごいいいと思う。1人目の客にさせてくれ」

「めっちゃいいと思ってくれてるやん!じゃあ1人目の客で入ってきて、最高のコーヒー出すから」

「カランコロンカラン」

!?

何が起こった今??

何が繰り広げられているのだ??

トントン拍子すぎないか??

茶髪の方は芸人で成功したら昔ながらの喫茶店をやりたいと言って。

長髪の方は1人目の客にさせてほしいと言って。

なぜ今、そのはるか未来であろう夢を、この場で動いて実践することに、いつこの2人は合意した??

これか!

ユタオの言う前提③…

『台本ありき』の共通認識が演者間においても観客においてもあるからこそ、成り立つ現象だ…!

それでもってかつ、前提②の『即興劇』と捉えて観客は演者のやることなすことに手を叩いて笑っている。

②と③は両立する!

「お前!台本にないことすんなや!」

会場が割れんばかりの笑いが起こった。

ライブが終わった後、興奮冷めやらぬうちにすぐユタオに電話をした。

「ユタオ!すごかった!とくに8組目のポタージュズって人たち!台本にないことすんなや!って、ユタオの手引き②と③を逆手に取って一番笑いが起こってた!」

「キミは、笑ったのそこで?」

「笑ったよ!一番の大爆笑!」

「…」

「…」

「…」

「…ユタオ?」

「…」

「…」

「…」

「…」

「…いいと思う」


ユタオが何を「いいと思った」のか分からなかった。

ただ、寂しさだけは伝わってきた。

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