お地蔵さん監査役
Mちゃんと、英国風カフェで紅茶とケーキを楽しみながらの一幕。
「困ったことに、うちの会社のおじいちゃん監査役、役員会でひとっこともしゃべらないんだわ! お地蔵さんみたい」
Mちゃんは興奮気味だ。
「何も問題がないからじゃないの?」
取締役会の間、一言も話さずにずっと座って話を聞いているという監査役がいる、という話は耳に入ってくる。
「そうでもない。細かい問題点はたくさんあるから、私は言いたくて、言いたくて仕方ないのを、言いすぎないように我慢してるっていうのに!」
「うーん、でも、まあ、そういう話、よく聞くよね」
Mちゃんはここでタルトをぱくついた。
東証プライム市場に上場する企業の女性役員の比率を2030年までに30%以上にする、という目標が政府から出されるなど、女性役員登用の動きが高まっている。
人材紹介会社の方の「オフレコ」話によると、「女性であれば誰でもいいから役員としてご紹介してほしい」というオファーが多数あるそうだ。実際、会計の専門家である我々のところにも「役員に就任しませんか」といったお話がある。Mちゃんも私も、そういった流れもあって、監査役に就任することになった一人である。
監査役たるもの、もし役員会で問題ある決議がされそうになった場合は意見しなくてはならない。役員会以外でも、取締役が法令に違反して会社に重大な損害が生じるとなれば、穏やかならないけれど、差し止め請求、という手段をとることもありうる。
Mちゃんも私も、せっかく就任した役職なので、会社を少しでも良くするように頑張ろうと思っている。女性役員はそういう同士が多く、いろいろなところで集まって情報交換会を行っている。
といっても、男女限定がない役員向け研修会に参加してみると、出席者のざっと8~9割は年配の男性だ。特に監査役の場合は60歳前後の男性が多い。
多くの方は真剣に職務をされているものと信じているけれども、監査役の任期である4年間を、年金をもらうまで「穏便に」過ごしたいと考える方がおられても不思議ではない。
監査対象となる取締役はご自身の元上司だったりする。また、重要な問題がある会社はごく一部であり、大多数の企業では、緊急性のある重大な問題は発生していないことが多い。
その環境下でわざわざ「問題点の指摘」「積極的な発言」をして、あえて波風をたてられる「おじいちゃん監査役」は、相当勇気があるといっていいかもしれない。
ただ、私たち女性監査役は「空気を読まない」からなのか、自分が理解できないことや、放置すれば長期的に問題になるかもしれないことを見聞きした場合に、自分なりに理解したい、せっかくだから何かお伝えしたい、と、思ってしまう。これは、家族にとっての収入の柱が別にある、要するに共働きであったり、副業先があったりで、もし何か言って会社から煙たがられてもかまわない、という割り切りも大きい。
「2時間の会議で、黙って座っている方がつらいよねえ」
「ううん、おじいちゃん監査役は、お昼ごはんの時だけよくしゃべるよ。だからみんな内心、何あの人? って思っているんだけど・・・」
そうなのだ。
監査役は、重要会議に出席して、問題がないことを確認することが仕事であり、問題がない場合は発言しなくてもよいとされている。
わからないからといって何でもかんでも質問して、本来なされるべき議論を止めてしまっては本末転倒である。だから問題がない限り、発言しない。という立ち位置の方もおられる。
その方から見れば、私たち女性監査役が神聖な役員会でなんだかんだと「キャンキャン」質問して、なんと浅はかか、やはり女子供は何もわかっていないくせに仕方ありませんな、などと、おじいちゃん同士、料亭でぼやいているかもしれない。偏見か。
でも救いはある。
一つは、「監査役には黙って座っていてほしい」と思っている会社ばかりではないこと。また、女性取締役・監査役が増えてきたことで、横のつながりができてきたことである。
守秘義務の範囲で情報交換できるし、ありがたいことに、役員になっていなければ一生お話することもないような著名な女性役員の方々が、後輩たちのために、といってお話を聞かせてくださる機会が増えた。
「まあ、いろいろあるけれども、私たち女性監査役は異物として、思うところを言っていけばいいんじゃないの」
「そうよね。あんまりなんでもストレートに言いすぎると支障があるから、そこは気を付けながら、意見を言っていくか」
「あ、ごめん、そろそろ時間だわ」
また今度話そうね、と、それぞれ次のミーティングのためにカフェを出た。
これはこれでいかがなものか、とも思うけれど、逆に、
「監査役が何でもかんでも指摘するので業務に支障が出て困る」
という話を聞くことがある。
・・・塩梅って難しいですね。
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