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工夫とは、あきらめないこと。

思い通りにいかないことや、むつかしいと思うことに出合うのは、あなたが前に向かって歩いている証拠です。工夫をしてみましょう。工夫とはあきらめないことです。

『暮らしのヒント集』/暮しの手帖社

8年くらい前に出合って以来、何度も何度もページをめくってきた大好きな本に載っている言葉です。今の私に指針のようなものがあるとしたら、それはたぶん3つあって、1つはこの言葉になる気がします。

謙遜でも、卑下しているわけでも、反対に美化しているわけでもなくて、私はいろいろな意味で不器用なほうで、小さなことにつまづいてばかりいて、大きな波に乗るのが苦手なタイプです。それでいて、あきらめるのも、手放すのも苦手。運も、大体あんまり良くない。でもここ数年、ここぞというときは晴れるようになりました。雨予報が直前で晴れ予報に変わったり、取材が終わった瞬間に雨が降り出したり。天気にまつわる幸運を、使い切っていないといいなと真面目に考えたりしています。

少し前に、年の離れた友人とこんな話をしました。「たとえば何か問題が起きたときにね、意図的にかわせる人と、無意識にスッとさけられる人と、なんだかわかんないけど正面から受け止めちゃう人がいるんだよ。私もそうなんだけど、あなたもやっぱり受け止めちゃうタイプだよね」。

それを聞いたとき、すごく納得できて、不思議と気持ちが楽になりました。私もいい大人なので、なんでもかんでも向き合おうとは思っていません。できれば、かわしたり、よけたりしながら、淡々とやっていきたい。でもたぶん子どものときから「受け止めちゃうチーム」だったんだろうな、それはくじ引きで振り分けられたようなもので、自分のせいではないんだなと思えたからです。

文字にすると不公平なチーム分けですが、きっと本当は公平です。「かわせる・さけられるチーム」は、「受け止めちゃうチーム」がぐずぐずしたときに引っ張り上げないといけないし、その間もぐんぐん前へ進んでいってくれる。実は「受け止めちゃうチーム」だって無意識に、人生ゲームでいうところの「一回休む」とか「振り出しに戻る」ような休憩タイムを作ってもらっているんですよね。

そう思うと、「かわせる・さけられるチーム」の皆さんにお礼を言いたい気持ちになります。自覚している人って、あまりいないのかもしれませんが。


ちょうど良くできたゆで卵

「あきらめたくないな」と、思います。

みんなが健やかでいることも、自分が幸せでいることも、大事なものを守り抜くことも。

「もういいや」と投げ出すことも、「忙しいから」と目を背けることも、「わからないから」と考えないことも、簡単でした。でも、その先にあるものはいつもあんまり、素敵じゃなかった。

何事もあきらめないなんて、大きな言葉を掲げるつもりも、覚悟も、全然ありません。今ですら結構いろいろ手一杯なので、よし!仕事もプライベートも充実させていくぞ!と張り切ったりもできません。だけど、健やかさや幸せに向かうための、大切なものを大切にするための、小さな工夫を続けられる人でありたいと素直に、心から思います。

そんな気持ちをささやかな決意表明として、ここに書き残しておきます。

この週末、仕事がそこそこ立て込んでいましたが、大好きだったアーティストのライブに行ってきました。浮さん、古道具屋さんの二階というロケーションも相まって、とても豊かな時間でした。週末の楽しみもあきらめず、山に行ったり、音楽聞きに行ったりしていきたいなと思います。

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