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【試し読み】我妻俊樹・平岡直子『起きられない朝のための短歌入門』より 「はじめに」(平岡直子)

我妻俊樹・平岡直子『起きられない朝のための短歌入門』

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はじめに 

 短歌を本格的につくりはじめてからそれなりの年数が経つけれど、わたしは短歌に「入門」をしたおぼえがない。短歌を習ったことはなく、だれかに師事したこともなく、いわゆる「入門書」を読み漁ったのは短歌をはじめてからずいぶん時間が経ってからだった。自分がどうやって短歌を習得してきたのか、ということを振り返るときに、うっすらと頭に浮かぶのは「門前の小僧習わぬ経を読む」ということわざである。歌人と歌人が交わしている「短歌についての会話」を読んだり聞いたりすることがとにかくおもしろく、そこからたくさんのことを学んできた。入門書をうたったハウツー本よりは対談書がわたしの教科書だったし、生で聞いた忘れがたい会話もいくつもある。短歌の門前で、無数の会話を盗み聞きすることによって、わたしは習わぬ短歌を詠みつづけてきたのだと思う。
 短歌の入門書を書いてみませんか、という話を最初にいただいたのは二〇一八年のことだった。そこから何年も話をとめてしまったのは、入門をしたことがない自分に入門書が書けるとは思えなかったためである。わたしにできるのは、自分の耳にかつて流し込まれたのと同じような「短歌についての会話」を読者に流し込むことだけだ、ということに思い至るまで時間がかかった。
 編集の藤枝さんにわたしがとつぜん送った提案は、「我妻さんとだったらできるかもしれません」というものだった。初心者のころからいまに至るまで、わたしにとって、我妻さんほど短歌についての考えがおもしろく、文章を読むときに興奮させられる歌人はいなかった。にもかかわらず、我妻さんはネットの片隅を歌論の主な発表場所に選んでいて、部屋の壁に向かってぶつぶつとひとりごとを言い続けているようにすらみえた。その短歌観ははっきり言って異端だと思うけれど、しかし、不思議といまの時代にこそ必要とされている言葉がたくさん含まれているようにも思えた。あの話を聞くべき人がこの世界にはたくさんいるはずだ、という確信とともに、わたし自身が我妻さんの話をもっと聞きたかったことが、本書のモチベーションとしては大きい。
 短歌は最低限の日本語を解し、一から三十一までの数をかぞえることができればつくることができる。最初の一首をつくるのは難しくない。次の一首をつくるのも難しくないかもしれない。難しいのは、自分の短歌を物足りなく感じはじめたときだ。なにを、どう書くべきなのか。自分の文体とはなんなのか。それは究極的には自分で定型との関係のなかにみつけていくしかないものだが、ヒントとして、脳をこじあけて強制的にまぶしい光を浴びせてくるような言葉がこの本のなかにひとかけらでもあればいいと思う。
 短歌とはいったいなんだろう? 短歌は定型という「約束事」によって存在することになっているだけの、実体のないまぼろしだ。定型とは言葉を抑圧する仕組みである一方で、どんな言葉にも居場所をあたえる大義名分でもある。短歌には、何を言ってもいい。
                                        平岡直子

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我妻俊樹・平岡直子『起きられない朝のための短歌入門』

四六判/並製/224ページ
定価:本体1,700円+税
ISBN978-4-86385-583-0 C0095

デザイン:戸塚泰雄(nu)
装画:ムラサキユリエ

対談に耳を傾けながら短歌の作り方/読み方がよくわかる
ストレンジャー(よそ者)のための短歌入門書


<扱われるテーマ>
「最初の一首」のつくりかた/スランプののりこえ方/口語と文語
連作のつくりかた/いい批評とは何か/破調
学生短歌会/新人賞/同人誌と歌集/テーマ詠の難しさ
「人生派」と「言葉派」/作中主体とは何か/信頼できない語り手 ほか

「難しいのは、自分の短歌を物足りなく感じはじめたときだ。なにを、どう書くべきなのか。自分の文体とはなんなのか。
ヒントとして、脳をこじあけて強制的にまぶしい光を浴びせてくるような言葉がこの本のなかにひとかけらでもあればいいと思う」
(平岡直子)

「他の入門書を読んでなんだかしっくりこなかったり、短歌で道に迷ってしまったと感じている人がこの本を読んで、なにかしら励まされるところがあったとしたらとてもうれしい」
(我妻俊樹)

【著者プロフィール】
我妻俊樹( あがつま・としき)
1968年神奈川県生まれ。2002年頃より短歌をはじめる。2016年、同人誌「率」十号誌上歌集として「足の踏み場、象の墓場」を発表。2023年に第一歌集『カメラは光ることをやめて触った』(書肆侃侃房)上梓。平岡直子とネットプリント「ウマとヒマワリ」を不定期発行中。2005年「歌舞伎」で第三回ビーケーワン怪談大賞を受賞し、怪談作家としても活動する。著書に『奇談百物語 蠢記』(竹書房怪談文庫)などがある。

平岡直子( ひらおか・なおこ)
歌人。1984年に神奈川県に生まれ、長野県に育つ。2006年、早稲田短歌会に入会し、本格的に作歌をはじめる。2012年、連作「光と、ひかりの届く先」で第23回歌壇賞受賞。2013年、我妻俊樹とネットプリント「馬とひまわり」( のちに「ウマとヒマワリ」)の発行をはじめる。2021年に歌集『みじかい髪も長い髪も炎』を刊行、同歌集で第66回現代歌人協会賞を受賞。2022年には川柳句集『Ladies and』を刊行。現在「外出」同人。

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