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【「極私的」韓国大衆文化論序説】第1回 日本の漫画とアニメと、韓国(崔盛旭)

日本と韓国は、時の政治に翻弄されその距離を縮めたり離したりを繰り返しながら、隣国同士の関係を築いてきました。近年、日本での関心が高まっている韓国文化ですが、韓国は日本から多大な影響を受けると同時に、日本とは大きく異なる表情をたくさん持っています。
この連載では、生まれ育った韓国で30年、留学を機に来日以来、20年以上日本に暮らして培ったハイブリッドな視点から、韓国の大衆文化に映る、韓国という国の「素顔」を紹介します。

第1回 日本の漫画とアニメと、韓国

日本で大ヒット上映中のアニメーション『THE FIRST SLAM DUNK』。韓国でも年明け1月4日の公開以降、並み居る強豪を押しのけて興行ランキング上位に留まり続けている。観客の多くは30~50代で「懐かしい」というレビューが目立つ。おそらく彼らは、学生時代に原作漫画を読み、テレビアニメを見て育った世代で、そんな青春の1ページを刻む『スラムダンク』と久しぶりに再会を果たしているのだろう。
 
かくいう私もファンの一人だった。次巻の発売はいつか、만화방(マナバン、漫画喫茶)に何度も立ち寄って確認したのをよく覚えている。兵役を終えて大学に復学した1992~3年頃のことだ。当時、日本の大衆文化は「倭色」(왜색、ウェセク)と呼ばれて禁止されていたのだが、漫画やアニメは条件付きで部分的に輸入が許されていた。日本という国や日本語がダイレクトに見えてしまうことが問題だったため、歌謡曲や実写の映画・ドラマは徹底して禁じられたものの、漫画やアニメの場合は、タイトルや登場人物の名前、地名などを韓国のものに置き換えたり、韓国人の声優の吹替によって日本的な要素を隠すことが可能だったため、輸入できたのだ。
 
だから、韓国人は日本人と同じ作品を見てはいるのだが、誰もそれを日本のものだとは知らず、自国の人気作として享受していたことになる。たとえば、『ドラえもん』は『동짜몽(ドンチャモン)』、『リボンの騎士』は『사파이어 왕자(サファイア王子)』、『ガッチャマン』は『독수리 5형제(鷹の5兄弟)』で、『クレヨンしんちゃん』は『짱구는 못말려(チャングは止められない)』といった具合だ。キャラクターの名前は、「のび太」は「노진구(ノ・ジング)」、『銀河鉄道999(タイトルは直訳の은하철도 999)』の鉄郎は철이(チョリ)、 『マジンガーZ(同じく直訳で마징가 Z)』の甲児は쇠돌이(セドリ)と、完璧に「韓国化」されていたのだ。
 
『SLAM DUNK』も例外ではない。桜木花道は강백호(カン・ベッコ)、流川楓は서태웅(ソ・テウン)、三井寿は정대만(チョン・デマン)、 赤木剛憲は채치수(チェ・チス)と韓国人の名前が与えられ、彼らの湘北高は북산고(プクサンゴ)、相手の山王工業は산왕공고(サナンゴンゴ)にそれぞれ直されている。アニメの場合、画面上の字幕やユニフォームの日本語は上からハングルが被せられた。時には不自然過ぎて目立つこともあったが、気にすることなく韓国の子どもや若者たちは、テレビの前で夢中に見入っていたのだ。
 
それほど日本のアニメや漫画は魅力的であり、韓国人の日本に対する「文化的渇き」は熱烈だった。条件付きで輸入を許された「正規の」作品だけでは飽き足らず、違法に流入して粗末なハングル字幕を付けたアニメやドラマ、漫画、人気歌手のCDなどの「海賊版」が巷に氾濫し、誰もが違法とは知りつつも街の片隅で入手し、こっそり楽しんだものだ。しまいには、日本では実現していない『幽遊白書』や『北斗の拳』、『ドラゴンボール』、『キャンディ・キャンディ』などの実写版が韓国で作られてしまうという事態も生まれたのである(当然ながら著作権は完全に無視されていた)。これは少し上の世代に限られるかもしれないが、韓国の友人と是非カラオケに行ってみてほしい。『キャンディ・キャンディ』『未来少年コナン』『マジンガーZ』…日本の鉄板アニメとされる作品の主題歌を、韓国人たちは同じメロディ、韓国語の歌詞で熱唱できるに違いない。
 
1998年に金大中(キム・デジュン)政権によって日本大衆文化開放政策が実施された際、『ドラえもん』のように原作のタイトルに戻した場合もあったが、韓国版の名前があまりにも馴染み過ぎていたために、ほとんどはそのままの形で残っていった。『ドラえもん』などは、タイトルは日本語、登場人物の名前は韓国語といった「日韓混合」スタイルに進化して親しまれるようになった。そして今回の『THE FIRST SLAM DUNK』。キャラクターや学校は漫画・アニメと同様慣れ親しんだ韓国名が使われているが、それ以外の地名などは日本語がそのまま使われている。かつての植民地時代、日本と朝鮮はひとつであるという意味の「内鮮一体」が叫ばれたものだが、今やごく自然に「日韓一体」が実現してしまっているではないか!韓国のファンたちの作品への愛情と、彼らに対する原作者の尊重が感じられるこの形態は、新たなステップの幕開けをもたらしているかもしれない。
 
振り返ってみると、国家権力がどれほど抑圧し、統制したとしても、作品は国の境界を軽々と乗り越えて、韓国まで届いていた。以前は日本の文化が一方的に韓国に入ってくるだけだったが、近年は韓国文化の波及力が止まらない。政治的に日韓関係がどんなに冷え込んでいても、若者たちはお構いなしにK-POPに熱狂し、ごく当たり前のように韓国の映画やドラマが見られるようになっている。人間が自然の力に抗えないように、文化もまた、その風を人間(権力)がコントロールできるものではないと、『THE FIRST SLAM DUNK』の公開とともに思いを馳せた次第である。

プロフィール

崔盛旭(チェ・ソンウク)
映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)、『韓国女性映画 わたしたちの物語』(河出書房新社)など。日韓の映画を中心に映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。
 

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