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【お砂糖とスパイスと爆発的な何か】知られざるプレコード映画の世界(9):メイ・ウェストが男たちを魅了する『わたしは別よ』(She Done HimWrong)(北村紗衣)

Theatrical poster for the release of the 1933 film SheDone Him Wrong.
wikipedia commons より)

 プレコード映画の時代の大スターとして忘れてはならないのがメイ・ウェストです。ウェストはもともとバーレスク業界出身の舞台のスターで、パフォーマーとして活動する一方、セクシュアリティを扱った戯曲を書く劇作家として物議を醸していました。ウェストの戯曲は1920年代末の基準では過激すぎたため、猥褻だとして逮捕もされています。
 
 こんなスキャンダラスな才人だったメイ・ウェストがハリウッドで初めて主演したのが1933年の『わたしは別よ』(She Done Him Wrong)です。この作品はウェストの戯曲『ダイヤモンド・リル』(Diamond Lil, 1928)を下敷きにしています。

◆バワリーが舞台の時代劇

 『わたしは別よ』のヒロインは、1890年代のバワリーのバーで歌手として働いているレディ・ルー(メイ・ウェスト)です。基本的にはものすごいモテ女であるルーをめぐる男たちのいざこざで話が展開します。なかなか複雑な話ですが、長さは1時間強しかありません。
 
 ルーの恋人で、バーのオーナーであるガス(ノア・ビアリー・シニア) は、ルーに隠れて贋金作りと売春目的のヒューマントラフィッキング(人身取引)で稼いでいました。ガスと組んで後ろ暗い仕事をしているロシアン・リタ(ラファエラ・オッティアーノ)にはセルゲイ(ギルバート・ローランド)という恋人がいますが、セルゲイはルーに夢中になってしまいます。

 ルーのファンであるダン(デイヴィッド・ランドー)はガスがヒューマントラフィッキングに手を染めていることをルーに話し、守って欲しければ自分のものになれと迫ります。一方でルーは教会で社会改良活動をしているというふれこみのカミングズ(ケーリー・グラント)のことが気になっていますが、実はカミングズは潜入捜査官でした。さらにルーには刑務所に入っているかつての恋人チック(オーウェン・ムーア)がおり、チックはルーに執着して脱獄してしまいます。
 
 凶悪犯罪をしているらしいガスと手を切りたいものの、脅しをまじえてしつこく迫ってくるダンとは付き合いたくないし、ストーカー気味のチックは脱獄するし……とにっちもさっちもいかない状況のルーですが、今度はセルゲイの件で嫉妬したリタにナイフで襲われ、もみあっているうちにリタがナイフに倒れて死亡し、その上手配中のチックがバーに現れます。
 
 ルーはこれまたおそらくルーに惚れている忠実な用心棒スパイダー(デューイ・ロビンソン)に頼んでリタの死体を片付けてもらい、チックを自分の楽屋に入れます。さらにショーの途中でダンに目配せし、チックが潜んでいる楽屋にダンを招きます。チックは出会い頭にダンを射殺し、警察がバーに踏み込んできてガスやセルゲイ、チックは逮捕されます。カミングズはルーに求婚し、2人がキスして映画は終わります。
 
 1890年代の物語なので、一応時代劇ということになります。1890年代は「ゲイ・ナインティーズ」(陽気な90年代)と言われてノスタルジアの対象でしたが、一方で1893年には恐慌も起こっており、ジャズエイジの後に大恐慌が発生した1930年代初頭の人たちにとっては似た時代だと思えたのかもしれません。バワリーは酒場などが並ぶいかがわしい界隈だというイメージもあったので、この作品はそうした時代や場所の雰囲気を生かした時代ものということになります。

◆深刻な犯罪ととんでもないコメディ

 『わたしは別よ』はかなりとんでもない話です。何しろヒロインのルーは身を守る際のことで偶然のような形だとはいえ、人を1人殺して死体を始末していますし、最後にダンが死んだのはルーの画策のせいで、これは明らかに意図的です。たしかにダンはウザくていけすかない男で、ルーに対する態度はひどいとしか言いようがありませんが、現在の感覚だといきなり射殺というのはずいぶん暴力的です。このへんについてルーは罪を問われることが全くなく、最後はハッピーエンドです。
 
 とはいえ、この映画の面白いところはそうしたぶっ飛んだところにあると言ってよいでしょう。ルーはものすごくゴージャスでセクシーで自信に溢れた女性で、初登場した場面で顔見知りの女性に「あんたステキな女性ねえ」と褒められて、「今まで通りを歩いた中でも一番ステキな女性なの」と返します。積極的で、意中の男は必ず落とします。
 
 男たちはダイヤモンドをルーに送りまくります。全く違うタイプの男であるガスもセルゲイもカミングズもみんなルーに宝飾品を送って求愛しています。ルーは「ダイヤモンドは私のキャリアなの」と言っており、実際的でもあります。
 
 しかしながら、そういうものすごく強くて世慣れた華やかな女性ですら、暴力や権力にものを言わせて迫ってくる男たちの前では脅威にさらされてしまいます。この作品では美女はいつも得をするというわけではなく、美貌のせいでかえって男たちに狙われて窮地に陥ることもあるということを描いており、さらに強い女性であっても男性中心的な社会の暴力から逃れることは難しいのだというなかなか深刻な真実を扱ってもいます。
 
 そんな中でルーがだいぶぶっ飛んだ手段で生き残ろうとする様子を描くことにより、荒っぽい環境で女性が身を守るためにはまあそういうことも必要なんだ……ということをブラックユーモアまじりに示していると言えます。
 
 全体的に『わたしは別よ』はコメディではあるのですが、扱っている問題は深刻です。だいぶ抑えた形ではありますが、若い女性を騙したり強制したりして売春させるヒューマントラフィッキングが描かれているのはプレコード映画ならではです。性的な表現もこの時代の映画としてはかなりギリギリですし、ルーが刑務所にチックの面会に行く場面ではおそらく同性愛者と思われる受刑者も映ります(ウェストは同性愛を扱う戯曲も書いています)。これでも原作戯曲に比べると過激でないように改変しているということですが、それでもかなり尖った映画とは言えるでしょう。

◆セクシーとゴージャスの塊、メイ・ウェスト

 この映画を面白くしているのは、何よりもヒロインを演じるメイ・ウェストです。これまでもこの連載ではプレコード映画のセクシーでゴージャスな女優陣を紹介してきましたが、ウェストはその中でもとくに個性的です。

Publicity portrait of Mae West.( wikipediacommons より)

 メイ・ウェストが映画デビューしたのは1932年の『夜毎来る女』(Night After Night)の脇役で、翌年の『わたしは別よ』が初主演作になりますが、この時に1893年生まれのウェストは既に40歳でした。『わたしは別よ』で相手役をつとめるケーリー・グラントは1904年生まれなので、10歳以上年下の男性を手玉にとる役をしていたことになります。ウェストは他のプレコード映画の女優たちの中でも、とにかく年長で経験豊かで貫禄たっぷりな妖艶さが特徴でした。とてもユーモアに富んでいて頭の回転が速く、セクシーで気の利いた台詞をポンポン言って男性を惹きつけます。ウェストの妖艶さは、経験からくる知恵と自信に基づくものでした。
 
 『わたしは別よ』でウェスト演じるルーはモテすぎるせいでいろいろ大変な目にあいますが、自分の性欲には正直で、また現在の基準からすると強引すぎるくらいぐいぐい意中の男性に迫ります。ルーがカミングズを部屋に招こうとするところはだいぶあからさまな誘惑ですが、一方でどこで引けば男性の気を引けるかも理解しています。終盤で訪ねてきたカミングズがルーの部屋から出ようとしてドアを開けたところ、ルーがドアを閉めて妨害し、思わせぶりに接近してキスか……と思ったところで身を離してドアを開け、「またいつでも来てね」というところなど、ちょっと思いつかないような手の込んだ誘惑の手管です(こういう行動をとればまた相手が来てくれるからですね)。
 
 ウェストはバーレスク業界から出てきたということもあり、非常にワーキングクラスらしい個性の女優でもありました。洗練されたノーマ・シアラー
などに比べると、ウェストは非常に庶民的で、ガツガツしたたたき上げの女性という印象を受けます。ウェストが演じる役はどれも自分が女性としてグラマラスな肉体と賢い頭脳を持っていることに大きな自信があり、肉体と頭脳の両方が優れていることをアピールするのに全くためらいがありません。これはおそらく男性中心的な社会では下品だと言われて糾弾されるような個性でしょうが、プレコード映画の時代にはそういう肉体も知恵も自信も全てがビッグな女性が出てくる余地がありました。

wikipedia commonsより)

 『わたしは別よ』は、今見るとちょっと古いところもあります。奇妙なロシアの犯罪者描写はおそらく『ジョン・ウィック』まで脈々と続く、古式ゆかしいハリウッドのステレオタイプです。黒人女性のメイドであるパール(ルイーズ・ビーヴァーズ)がやたらルーに忠実なのも、今の感覚ではちょっと古いでしょう。しかしながら、メイ・ウェストは現代でも珍しいような強烈な個性を持ったスターです。皆さんも是非メイ・ウェストの映画に一度は触れてみてください。

初出:wezzy(株式会社サイゾー)

プロフィール
北村紗衣(きたむら・さえ)

北海道士別市出身。東京大学で学士号・修士号取得後、キングズ・カレッジ・ロンドンでPhDを取得。武蔵大学人文学部英語英米文化学科教授。専門はシェイクスピア・舞台芸術史・フェミニスト批評。
twitter:@Cristoforou
ブログ:Commentarius Saevus

著書『お砂糖とスパイスと爆発的な何か 不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門(書肆侃侃房)


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