ロバとオンドリとライオン
「なぜ」「どうして」「こんなはずじゃなかったのに……」
薄れゆく意識の中で老婆は思った。
何か考えようとすると、今までの思い出が走馬灯のように次々と浮かんでくる。
そして、老婆の意識がなくなった。
老婆がまだ老婆と呼ばれる前は「お母様」と呼ばれていた。
夫が始めた事業にいつも夫婦で臨んだ。事業は次第に大きくなり社員も増えていった。老婆は「お母様」「お母様」と呼ばれ絶頂期を迎えた。そんなときに夫が亡くなった。
夫の後を引き継いだ老婆は、今までと同じことを繰り返した。けれど何か違う。今までと同じことをやっているのに、今までのようにうまくいかない。
その頃から税務署がやってきた。脱税の疑いがあるというのだ。
あんな値打ちのない壺や水晶玉を高値で売ったのがおかしいというのだ。需要があるから供給しただけなのに、何が悪いというのだろう。
SNSでは強引な事業に対する批判があふれた。昔からいた幹部社員が次々とやめていった。一般社員たちも次々とやめていく。
実の子どもたちはとっくに親の元を離れ、新しい事業を始めていた。
そんなときに現れたのが獅子頭だ。
夫は闇組織ともつながりがあり、そこに不義理をしていたのだ。薄々気づいてはいたが、知らんぷりをして、きたない仕事はすべて夫にまかせていた。
闇組織から刺客として派遣されたのが獅子頭だった。
「組織に義理を果たすためには、あんたが死ぬしかないのだ」
獅子頭の手には拳銃が握られていた。
何がどうなっているのかわからないまま、老婆は大きく目を開けて獅子頭を見つめるだけだった。
ズドン。
拳銃から発射された弾丸は老婆の体に吸い込まれ、次第に老婆の意識を奪っていく。
私は夫と同じことをやっただけなのに。
夫と一緒にやってきたことを、私一人になってもそのままやってきただけなのに。
何が悪かったというのだろう。
腹を空かしたライオンがロバを見つけた。これを食べてやろうと農家に忍び込んだ。
するとロバと一緒に暮らしているオンドリが「コケコッコー」と大きな声で鳴いたので、ライオンはびっくりして逃げ出した。
それを見たロバは、自分のことを恐れてライオンは逃げ出したのだろうと思い、ライオンを追っかけた。遠くまで追っかけたところで、ロバはライオンに食われてしまったとさ。
敵が恐れているのを見て大胆になり、逆に殺されてしまう人間もいる、とイソップは言っている。
相手がへりくだった態度をとるのを見て、調子に乗ってしまう人間は、へたをするとついには相手に殺されてしまうこともある。
詐欺学の講義の中で教えられる講話のひとつ。
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