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F君との淡い記憶

幼稚園を卒業するタイミングで、同級生のF君が引っ越した。

彼とはクラスも、住んでいる地域も違ったが、幼稚園でよく行動を共にする数人うちの一人で、毎日遊ぶくらいには仲が良かった。

ぼんやりと覚えているのは、某国民的アニメの登場人物になりきってのごっこ遊びをしていたこと。それと、当時なぞなぞにハマっていて、園の図書室(本棚がたくさん置いてある部屋があった)でなぞなぞの本を読んだり、なぞなぞ集をオリジナルで作ったりしていた。幼稚園の卒業アルバムに一緒に写っている場面があることをみると、確かに、仲は良かったようだ。

そんなF君がどこにいってしまうのか。なぜ同じ学校に進めないのか。当時6歳の僕に細かい事情は分からなかったものの、どうやら離れた場所に行ってしまって、簡単には会えないらしいことは理解できた。

それから9年が過ぎた中学3年の秋。家族と一緒に、2歳下の弟が通う学校の文化祭に行くことになった。家族は、合唱コンクールで歌う弟を見ることを心待ちにしているようだったが、地元から少し離れた(小学校時代の同級生がほとんどいない)学校に通う僕にとって、地元の同級生と会うことが何よりの楽しみだった。

文化祭当日。校内をうろうろしていると、たくさんの同級生に会うことができた。声をかけたり、かけられたりするうちに増える嬉しさと喜びに、期待に膨らんだ胸が徐々に満たされるのを感じる。

午後1時。一人、ある教室に入って、それとなく生徒の絵画を眺めていると、「○○くんだよね?」後ろから僕の名前を呼ぶ声がした。

振り返ると、そこには同級生のY君がいた。久しぶりの再会に会話が弾む。ひとしきり盛り上がったところで、彼は思い出したように、こう切り出した。

「あのさ、F君って覚えてる?」

「F君……って、あの幼稚園のとき一緒だったF君?」

そういえば、Y君も僕らと同じ幼稚園に通っていた。

「そうそう。小学校入学のタイミングでこっちを離れたんだけど、最近戻ってきて、うちの学校にいるんだよね」

「あ、そうなの!?」

「うん、そうそう。あ、そうだ、今呼んでこようか」

こちらがリアクションを返す間もなく、Y君は「ちょっと待ってて」と言いながら教室を駆け出た。

Y君を待ってる時間は、やけに長く感じられた。おそらく5分にも満たなかったと思うが、会えなかった9年間がそこに横たわっているような気さえした。

Y君と共に現れたF君は、確かにあのF君だった。当時の面影を残す彼に、恐る恐るこう尋ねてみる。

「あのー、○○だけど、幼稚園のとき結構遊んでたと思うんだけど覚えてる?」

久しぶりの再会にどぎまぎしているせいか、自分の言葉が自分の言葉でないように感じる。どんな言葉を返してくるのだろうかと待っていると、

「ごめん、いや、全然覚えてない。ごめん、なんか」

と、そっけなくて、ややぶっきらぼうな返答があった。

正直がっかりした。「もちろん覚えてるよ!」「実は、会いたいと思ってたんだよね」なんて答えが返ってきて、あの頃の思い出話に花を咲かせられると踏んでいた自分が、本当にバカみたいだ。自分のことを忘れている相手より、覚えていてくれるだろうと勝手に期待していた自分に心底嫌悪を抱いた。

彼は、きっと決まりが悪いと思ったのだろう、これまでの自分のことをとうとうと語り始めた。各地を点々と越して、最近またこっちに戻ってきたこと。どの県に何年間住んでいたのか。いつこっちに戻ってきたのか。そんなことまで細かく話してくれたはずなのに、ディテールの部分は一切頭に入ってこなかった。

「じゃあ、そろそろ行くわ」

一言だけ言い残して、F君は教室を去った。

颯爽と駆けていくF君。

懐かしさに浸る余地の全くない別れ際に、今度の今度こそ本当に、もう二度と彼に会えないような気がした。

会おうと思えば会える距離にいるはずなのに、彼とまた会えることをどこか心待ちにしていたはずなのに、会えた喜びも、また会いたいという感情も、そこには残らなかった。

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