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明日への扉 リスタート


【clubhouse 水曜日「クラブハウスの歩き方」
ClearlyBrain×Everyday 用】

ラジオドラマ脚本書かせていただきました。


ーナレーションー

真知子は62歳、子育ても落ち着き
パートをしながら物静かな夫と二人暮らし。

長男は家を出て都内の役所で働いている。
長女は、のんびりとした環境で過ごしたいと、
沖縄で仕事を見つけて出て行ってしまった。
家族が集まるのも盆と正月くらいになったが
みんな元気ならばそれで良い。


(真知子)
今日はパートが休みの日、夫を見送った家の中はシーンと静けさが広がっている。
家事がひと段落したあとの至福の時。
淹れたコーヒーの香りが部屋中に漂う。
窓の外では、遠くから町のざわめきが聞こえる。

夫は先日64歳を迎え、来年は年金支給の年。
マイホーム、35年ローンもあと1年。
これから先の人生、何を始めようかと考えているようだ。

私は・・・まだやりたいことはわからない。

とりあえず、パートと家の往復で、夜はゆっくりドラマを見て・・・一日なんてあっという間。
パートが休みの日は、ワイドショー見てたら
すぐ夕方になっちゃう。

最近ママ友とも会ってないな・・・子供が大きくなると疎遠になっていくのかぁ〜。


結婚して二人で家のローンと、学費の支払い
がんばってきたけど、やっと少しずつ老後の資金が貯まって来た。
来年はパートの日数減らそうかな。



ー電話の音ー


「はい、佐藤です」

「はい、主人ですが・・・」

「えっ・・・」


主人が会社で倒れた?
嘘!!
朝元気そうに”いってきます!”って行ったじゃない。


私は急いで子供たちに連絡して病院へ向かった。


会社の方が待合室で待っててくれた。
トイレで手を洗っていたら脳梗塞で倒れて運ばれたらしい。

先生、今夜が峠って...。聞き間違いよね?


長男は都内だから、すぐ駆けつけてくれた。
長女は沖縄に住んでいる、午後の便が取れて夕方病院に着いた。

家族が揃うのを待っていたかのように、主人は最後の言葉を語ることなく逝ってしまった。



突然の出来事に、悲しむ暇もない。
葬儀の打ち合わせ、親戚、友人への連絡。

役所で働いている長男が、その辺の手続きはすべてやってくれた。

家のローンはあと一年だったが、支払う必要がなくなった。今まで一所懸命頑張ったのに。


全てが終わり、一人暮らしが始まった。


娘「お母さん、沖縄で一緒に住む?」

真知子「え」

娘「ひとりで寂しいでしょ、気分も変わると思うよ」

真知子「いいわ~今更知らない土地には行きたくないし」

娘「そう?」

真知子「うん、ありがとう」


私はまだ若い。娘には頼らなくても大丈夫。
パート先の店長も、家にいてもかえって疲れるだろうから、色々落ち着いたら
このまま働いたら?と言ってくれてる。

でも、とにかく体が重い。食欲もない。毎日気持ち悪くてむかむかする。


佐々木「佐藤さん、大丈夫?無理しないで今日は帰ったら?」

真知子「あ、佐々木さんありがとう、あと2時間だから頑張ってみる」

無理もない、食べてないから力が出なくて体が動かない。

佐々木「これ、帰ったら食べて」

真知子「え、ありがとう」

佐々木さんが、作り置きのおかずを持たせてくれた。
でも、ゼリーくらいしか食べられない。
喉を通らないおかずを見ながら泣けてくる。


主人が亡くなったことを知ったママ友が、メールをくれた。


「突然のことだったんだね、まだ出歩く気にはなれないかも知れないけど、たまに外の
空気が吸いたくなったらいつでも付き合うから、連絡してね」

優しさが有難かった。


半年が経った頃、彼女たちに連絡をして会うことになった。
げっそり痩せた私を、心配そうな目で見つめてる。視線が痛い。
まだ、会うほどの元気は戻ってなかったんだ。

由香「少し食べられたら良いけど」

真知子「うん、ありがとう。みんなと一緒なら食べられるかなと思ったんだけど、もうお腹いっぱい」

真由「場所変えてお茶でもしようか」

真知子「ありがとう、久しぶりでちょっと疲れたから、今日は帰る。みんなゆっくりしてね」


家に帰ったら、リビングに倒れこむようにしてそのまま眠ってしまった。
いつまでこんな体調なんだろ。
起きて、仕事、帰って寝る。
何も考えずただこなす毎日が続いた。


一人になって1年目の春がやって来た。


やせ細った私を見かねた娘が心配して
毎日メールを送ってくる。

娘「ねえ、ママ。沖縄に来ない?あったかくて良いところだよ」

真知子「うん・・・ありがとう。暑いのは疲れるからいいかな~」

娘「まだ、そんなに暑くないよ」

真知子「そうね、そのうちもう少し元気になったら行くわ」


誰とも話す気になれない。


私は一人っ子で、兄弟もいない。
父も母も亡くなってしまった。
主人の母も亡くなっていて、主人の父は、主人が亡くなった後に入院先で亡くなってしまった。

有難いことに生活費には困ってない。
主人が残してくれたお金で、なんとかやりくりできている。


これから私、何して生きて行けば良いんだろ。


家とパートの往復。
帰ってきたら疲れて横になる。
パートが休みの日も、ずっと布団にいる。
ただただ…なんとなく生きている。
もう、することないし生きなくてもいいのにな。


何も考えられず、何も変えられないまま
2度目の春が来た。


法事で帰ってきた娘が、1週間沖縄に行こうとチケットを買ってくれた。


娘「ねえママ、沖縄良いところでしょ?心地よくてさ、日常感もなくてさ~のんびりしてるんだよ」

真知子「そうね・・・なんだか体がほぐれてくるわね」

娘「そうだよ、ママずっと日差し浴びてなかったから、真っ白というか青い顔してるし」

真知子「青い・・・かな?」

娘「そうだよ、透き通るような青さだよ」


ー娘の笑い声、つられて真知子も笑うー


笑ったのはいつぶりだろう…

笑ったら、体の中にあった重い石のような塊が、ぽろっと出てきたような気がした。


その晩、初めて主人が夢に出て来た。


主人「ごめん、一人にしてしまって、これからいろんなところに旅行にいったり一緒に運動とか、何か始めたいなって思ってたんだけど…
真知子はまだ若いから家にばっかりいないで、
何か始めろよ。やりたかったことないの?」


真知子「えー、そんなこと言われても急には思いつかないわよ、何が良いかなあ~ねえ、聞いてる?やっぱり聞いてない、ねえ、ちょっと~
どこ行くの? 待って、おいていかないでよ!」


はっと目覚めると、ボロボロ泣いてた。
そして段々我慢できなくなって、声を上げて
泣いてしまった。


娘「ママ今まで我慢して泣いてなかったの?辛い時は泣いたほうがいいよ、そしたらスッキリするよ」


どっちが母親なのかわからない。でも、娘に言われた通り泣いたら気持ちがスッキリした。


沖縄から帰って、久しぶりにママ友に連絡してみた。連絡ないから心配してたんだよ・・・と言われた。


由香「ねえ、今度さ、真由さんの発表会
一緒に見に行かない?」

真知子「なんの?」

由香「ふふっ ベリーダンス」

真知子「え、ベリーダンス!!」

由香「やってるらしいのよ、私も見たことないんだけどね。一人じゃ行きにくいから一緒に応援しに行こうよ」

真知子「そうなんだ、じゃあ応援に行かなきゃね」

由香「うんじゃあ、来週火曜に錦糸町の駅で待ち合わせね」

真知子「わかった、ありがとう」


ベリーダンスかあ・・・どんな世界なんだろう。


当日、お花を買って会場に向かった。
踊らないのに、なんだか私までドキドキする。


照明が暗くなり、音楽が流れだした。
彼女の出番は3番目。


トップバッターの人が出て来た。
わあ、肌が見えてるすごい衣装。
綺麗だなあ~でも、目のやり場に困る。
すごい・・・妖艶な表情、イキイキしてる!
自分の世界に入ってる・・・。


2番目の方は、私と同じくらいの年配の方だった。

お、お腹。すごいお腹出してる・・・
そりゃこの年齢だから、お腹もぼよよんってなるわよね。


ーこそこそとー

由香「ね、すごいわね」

真知子「うん、すごいね。でも、このお腹で踊る勇気・・・」

由香「そんなの関係ないわよ~やりきる姿が素敵よね」

真知子「そうね」

由香「あ、次は真由さんの番よ」


真由さんは、グループで出て来た。
真由さんも少しぽっちゃりだけど、衣装でカバーしてる。

真由さんのこんな表情初めて見た。
色っぽい。すごい!!しか言葉が見つからない・・・

綺麗な衣装だなあ、やわらかい布がふわふわ舞ってる。夢の世界を見ているよう・・・

リズムに乗って踊る姿に、心の奥が熱い。


「いいなぁ、あんな風に踊れるなんて」

ボソッといった言葉、由香さんに聞こえていなかっただろうか?

会場を後にしながら由香さんと駅まで歩きながら話した。


真知子「真由さんすごいね、こんな趣味あったんだ」

由香「ねー、お友達がやってて、見に行ったら
踊ってみたくなったんだって、それで2年前から
始めたらしいわよ」

真知子「そうなんだ、そういえばジムに通ってるって言ってたわね」

由香「そう、お腹を引き締めるために通ってるらしいわ」

真知子「でも、真由さんくらいのほうが女性の色気があっていいね」

由香「そうそう、ちょっと柔らかさがあっていいね」

真知子「由美さん、今日は誘ってくれてありがとう、未知の世界が見られて楽しかった~」

由香「うん、私も。知らない世界がまだまだあるわね」


後日、真由さんからお礼のメールが届いた。

”明日、練習があるんだけど良かったら見に来ない?”


実はあれからYouTubeでベリーダンスの動画を見ていた。
練習風景を見てみたかったので、即答して駆けつけた。

真由「ねえ、真知子さんも踊ってみない?一緒に体動かそうよ」

真知子「え、いいの…やってみようかな」


先生「さあ、出来なくても大丈夫、見ながら体動かしましょう!」

真知子「はい」

先生「ドンドン、タタタ、ドン、タタタ・・・ドンドン、タタタ、ドン、タタタ」

先生「はい、次は腰を8の字に回してみましょう」

真知子「はち・・・」

先生「次は、ダウンキック、ダウンキック」

真知子「む、難しい~」

先生「はーい笑顔作って、楽しんで!息を止めないで~」


私は見よう見真似で体を動かして見た。
何も考えない。
無になれる。
集中しないとついていけない。

楽しい・・・


先生「真知子さん、楽しめましたか?」

真知子「はい、楽しかったです。スッキリしました!」

先生「良かった!はいみなさん~頑張った真知子さんに拍手!」


ー拍手ー


真由さんと別れた帰り道、桜の花びらが肩に落ちてきた。
そういえば、主人が亡くなってからお花見もしてなかった。
知らない間に季節が何度も変わってる。

木々が芽吹いたり、花が咲いたり、空も毎日いろんな形をしてたのにね。

雨の日も、晴れの日も、下を向いて歩いてた。
早く家に帰って、横になりたかった。
何も変化なんて感じたくなかった。
2年間、私の時間は止まってた。

あ~春なんだな。
春の空気を、匂いを久しぶりに感じた。



あなたがいなくなって、2度目の春。
いつまでも心配かけてごめん。
やっと動き出せそうだよ。
待っててね、次に会うときはかっこいいダンサーになって現れるから!
若々しい私に気が付かないかもね。


人生はいつからでも変えられる。


誰かのためじゃない。
今度は自分のために生きる。

新しいワタシ、今日からリスタート。

ラジオドラマ
『明日への扉』音声はこちら⬇️

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