4回目 とつとつと文章を書く、ラジオ。

仕事とはなんなんだ、ラジオ。

※このラジオは文章で語りつつも声でも語る、ラジオ。です。
本編は9分28秒から始まります。
それまではひたすら夏川椎菜さんの新曲シャドウボクサーの歌詞について話してます。
シャドウボクサーの歌詞で『傍点(ぼうてん)』を『濁点(だくてん)』
(しゃべってる本人は【句読点】のつもりで話していた。)
と勘違いしています。申し訳ございません。


平日の間にぽつん、と祝日があった。
明日も仕事だし
特にどこにも行かず家でじっとしていた。
天気も悪くなるみたいだったし、
寝たいだけ寝てた。
そしたら、だ。
喉が痛くなった。
花粉のせいで鼻がつまりにつまってダイレクトで口呼吸していたようで。
でも、せっかくの休みだし起きて
何かをしようとパソコンの前の椅子に座り、
案の定何もせず、ぼーっとしていた。
適当に道端で粗大ごみとして捨てられてた椅子はクッションがへたり(私はゴミ漁りが好きだ。)
机とも高さが合っていないため
首と肩を酷く痛めた。
おかしい。
最近まではどんなに肩が凝ってようとも自覚症状がないのが私の取り柄だったはずなのに
ここにきて、やはり、もう、限界、なのか。
40はすぐ目の前
身体がギシギシと錆びついてきてるのを感じる。

「今日休みじゃなくて仕事の方が良かったな…」

仕事はありがたい。
嫌でも世間とつながりを持てるし
軽い運動を与えてくれる。(私の仕事は一般的に言うと軽作業に分類される。)
そして
生きるには多少の疲労感と達成感と頭を悩ませる小難しいことが必要だと思う。
今の仕事はそれを全て満たしてくれる。
つくずく良い会社に入ったと思う。


毎日同じ時間に起きて毎朝同じ時間に電車に乗るために走って(いい運動だ。ありがたい。)毎日同じ時間に昼食を食べられるのもありがたい。
つまり私にとって仕事というのは毎日を健康に過ごすための大事なルーティンである。
すごくありがたい。
今日仕事をして身体を動かし血の巡りをよくしたせいか喉の痛みも肩の痛みも大分マシになった。
私という人間は休みだと食事もろくに取ろうとしないし、トイレに行くのもめんどうくさく感じる。
パソコンの前でぼけーっと過ごしがちで、それはとても不健康で肩にも首にも目にも脳にも良くないことはよくわかってるのだがやめられない。


私にとって仕事をするということは
脳と身体を動かす良い口実なのだ。
そしてその行為を行うことは世間に貢献もできているという自己肯定感にもつながる。


仕事は苦手だ。
好きではない。
集団で働くのが苦手だ。
人の言ってることを理解するのがかなり苦手だし
不器用だし(手先的にもコミュニケーション的にも)
迷惑ばっかかけてると思う。


一生ぼけーっと暮らしたいけど
仕事がないと恐らくボケてしまう。
病気になってしまう。
毎朝満員電車に乗って会社に着いて手足を動かしてどうでも良い世間話をして
いつものことをなんとなく、時には一生懸命に、こなす。

しかも会社勤めをするだけで『会社員』という、
自分がとりあえず何者かであることを証明する肩書を得ることもできる。
令和になって多様性の時代になったが
やっぱり『会社員』は強い。
社会的に信用される。
『会社員』なら家も問題なく借りることができる。
(昔一人暮らしをするとき会社を辞めようか悩んでたことを不動産会社の人にぽろっと零したら「今は辞めないほうがいい。とりあえず無職はだめだ。審査が通りにくくなる。」と言われたのがなんでか忘れられない。)
アンケートで
『職業はなんですか?』
のとこで困らなくて済む。地味に助かる。
やっぱり会社員はやめられない。

私は
これで一般的にいう普通になれた。だろう。
ここでいう、『普通』というのは
Q,「普段何をしてますか?」
A,「会社員をしてます。」
というのが模範解答である。
というか私は会社員以外で生計をたてたことがないから、これしか私の中の『普通』のカードがないのである。ある意味、貧相でとてもかわいそうだと思う。この多様性の時代にこれしかカードがないなんて。

それでも、これしかないから
毎日必死こいて会社に向かう。


一般的な普通の肩書は強くて
私が普通であることを証明できる証だ。
それが欲しくて毎朝会社に向かっている。
とても恵まれた環境で仕事をさせてもらってると思う。
おかげで祝日の休みから出勤二日目、
首、肩、喉の痛みもかなり軽くなった。
今がたぶん一番理想の自分と仕事とのあり方な気がする。
私は、仕事とはそのくらいの距離感でいたい。
仕事(普通)のことで人生悩みたくないし仕事(普通)で死ぬなんてやだ。

仕事(普通)をするのは息を吐いて吸うようなものにできればとどめておきたい。

今日も朝だ。
この何もないルーティンに私は助けられている。




でも、




ほんとうは好きなことを仕事にしてみたい。
夢を諦めた結果
全てから逃げたため会社員ならなれるんじゃないかと会社員の道を目指して今に至る。(会社員もなるの大変だったけどね。)
好きなことを仕事にするというのは具体的に言うと

売れっ子声優になってアニメのオープニングとか歌ったり、
YouTuberになったり、vtuberになったり
ゲーム実況もやってみたかった。
(ネット系は今でもできるだろうけど
編集が楽しいと思えないので無理。)

あと、売れっ子ライターとか。
作家とか。詩人とか。(この文章で稼げるんだったら稼ぎたい。あ、あと昔詩人目指してました…コピーライターとか…)
RPGのゲームとか昔のファンタジー小説の職業で吟遊詩人ってあったよねー今でも憧れるわ…

あと、お嫁さん。
幼稚園の頃、将来の夢を書くっていうのあったけど
あれに『およめさん』って絵付で書く幼稚園児、
同じ園児として、こいつ恥ずかしくないのかな?って思ってたのを今でも思い出す。どういう家庭で育ったら恥ずかしげもなくそんな答えが出てくんだよ、
でも、お嫁さん。
良いですね。
どうせなら玉の輿が良いに決まってる。
んでお金を気にすることなく子供3人くらい欲しい。
本能的な幸せだろ、
家庭を築いて子孫を残すってのは。
どの生き物もやってることだ。

でもなれない。もうどうしようもない。
この想いを叫びだすと、
まどマギでいう魔女になっちゃうと思う。
じゃあ私はなんで生きてるんだろうっていうぐちゃぐちゃあとした感情を必死に必死に抑え込みながら
会社で上司に振られるどうでもいい話しを一生懸命考える。


「ひきだしの空間に何を入れるかなんてほんとどうでもいいよ…。」

そもそも引き出し買いすぎなんだよ。
馬鹿なんじゃないの?

それでも私にとって(会社)普通は大事で、尊い、のだ。(と思い込む。)

だから明日も行く。
明後日も
明々後日も。
我ながら馬鹿だと思う。
でもたぶん生きてることがもう馬鹿げてることだと思う。

馬鹿げたことのどうでもいいことの積み重ねで毎日はできている。
それはとても、尊い。し、なによりも私にとって大切なことなんだ。と思う。思うしかない。

こんな馬鹿げたことの繰り返しで全てがくだらないけども
死にたいか、生きたいかと問われれば
まだ生きたい。

『生きたいと望むか…中年女よ…』
(あ、なんか天から声が聞こえた気がしたよ…)

『い、生きたいです…』

『やあ。
君が生きたいと願ったときから僕が生まれたんだよ!
僕は君をサポートする、この世に生まれた人間という生き物全てが平等に持つ【ジンケン】というものだよ!僕については後で詳しく説明するからね。
それでね
この世界で生きてくには人間の三大義務というのがあるんだ!
生きたいと願ったからには君にもこれをこなしてもらうことが絶対不可欠なんだよ。』



この世界で生きてくには金が必要で
金のためには労働しなくてはいけない。
信じたくない事実だけど
金は命の次に必要だと思う。
金があれば90%の問題は解決する。

私はこのくだらない世界の中でなんとか抜け道を見つけるために
この文章を書いている。
たぶん抜け道にならない、こんなどうしようもない文章がnoteにすでに
たぁああああああああくさん転がってるのを知ってるけども、それでも書いている。

今後も書き続けるので、見たい人は暇つぶしにでも見ると良いと思う。








とつとつと文章を書く、ラジオ。5回へつづく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?