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桧山

この話は私山田がアルバイトをしている和食屋の店主から聞いた話である。今から三〇年ほど前のお盆の頃の話だという。
 店主は夕方の営業を終え、その時一緒に営業していた店主の弟の一郎と、従兄弟の直樹と共に店の客席で麻雀をしていた。夕方の営業が終わったのが午後十時頃で、そこから十局ほど打っていた。その局では店主が立直をツモって上がった。次局を準備しようとしていると、「こんばんは。」と出入り口の方から声が聞こえる。すでに日付はまわっていて、時計は丁度午前二時を指していた。店主が確認しに行くと、そこには白のポロシャツとズボンを身に纏った三〇くらいの男が立っていた。その男が言うには、
「夜、ふと目が覚めたんですが、家の廊下が血だらけになっていて、窓にも血しぶきがついていたんです。ひとまず誰かに話さなければ、と思って外を走っていたのですが、お宅だけ電気が灯っていたので伺ったわけなんです。なにせ、この辺は田んぼとポツポツと家があるくらいですからね。見つけやすかったです。」
店主は少し寒気がした。それだけ重大な事件のようなことがあったのなら、まず警察に行くべきだと思ったからである。だが、何かあったときの為に彼に自分の紹介をしてもらった。彼は店のすぐそこにある踏切の向かい側に住む男だということで、一児の父だという。それを知って尚のこと不気味に感じた。店主はとにかく警察へ行くように、と話した。
「色々話してすっきりしました。警察へも行ってみようと思います。」
そういって彼は夜の闇に消えていった。
 白い男の話の内容といい、彼の感覚がどこか自分とは違う気がして少し気味が悪かったが、一郎と直樹と共に麻雀を再開することにした。この話を二人にすると、「お盆だし酔っ払いか何かだろう」と真面目には取り合ってくれなかった。それもそうかと思い、麻雀を再開することにした。
 しばらくして午後三時。流局しそうになっていたところ、また「こんばんは。」と聞こえた。やっと忘れかけていたというのに、「もしやあの男か。」と店主は不安と深夜に訪問される腹立たしさとを抱えながら出入り口に向かった。だが、出入り口には誰もいない。空耳だったかと思い、席に戻るとまた「こんばんは。」という声が。声の元を辿ろうとしたその時、客席のすぐ傍の窓から店の中へ首を突っ込み、顔をのぞかせるようにして白い男が立っていた。店主、一郎、直樹は三人とも腰を抜かした。そんな様子は全く意に介さず、白い男は先程のように話をしてきた。「警察へ行ったのか。」と聞くと、これから行くとか何とか言っていて、まだ行っていないようだった。一通り話すと、満足して帰って行った。
「あれがさっきの男か。」
と一郎。
「勘弁してくれ・・・・・・。」
と直樹。
「・・・・・・もう今日はお開きにしよう。」
と店主。こうして三人はジャンマットを片付けて帰る準備をしていた。そこに違う声で「こんばんは。」と出入り口から聞こえてきた。背筋が一瞬凍るような感覚だった。今度は三人で見に行った。すると、額のシワの目立つお爺さんが佇んでいた。
「桧山言う者です。ここに白のポロシャツを着た男が来ませんでしたか。あれはワシのせがれなんですが。夜飛び出していって帰ってこないので外を探していると、お宅だけ電気が点いていたので、もしかしたら、と思ったのですが・・・・・・。」
「二度ほどいらっしゃいましたが、帰って行きましたよ。警察に行くとか何とか。」
「これはこれはお世話になりました。教えていただきありがとう御座います。失礼します。」
こう言って老人は消えていった。これ以上厄介な思いはしたくないと思い、店主ら三人はまっすぐ家に帰っていった。

              ○

 翌日、店主は開店準備で、駐車場の掃除をしていると、店の隣に住む男が挨拶をしてきた。店主は、
「昨日の晩、踏切の向こう側の桧山さんいう親子が夜中に店に来たんじゃけど・・・・・・。」
と言うと、
「桧山?二年前に息子さんが亡くなった所じゃないか?もう家も無くなったんじゃなかったか?」
 過去の連絡先や現在の周辺図を調べても、桧山という家族はおろか、家もその場所に一切無かったということだ。

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