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8 「魔法の文通」勉強は続くよ、どこまでも かっこちゃんへ

「勉強は続くよ、どこまでも」

かっこちゃん、お便りありがとう。
「シャロームフォーラム」も無事に開催することができて、ホッと一息ついています。

「日本とイスラエルが手を繋いで、世界を平安に導く」

私の師匠である糸川英夫博士が願ったことが、どんな高嶺を仰ぎ見たものなのか、どれほどの深い思いから出たものなのか、全部が僕にわかるワケではないけれど、僕の色彩で表して歩いて行こうと思っているよ。

きっと、先生はこう思っているに違いない。
「砂漠の世界で渇きを克服しながら生きている民族も、瑞穂の国で潤いの中に生かされている民族も、人類みな兄弟だ。だから、お互いに知り合って、違いを分かり合って、平らかな世界を生み出してゆこう」と。

そんな糸川先生が82歳のときのこと、先生のお宅で朝ご飯を食べていると、先生はお箸の動きを止めて、茶碗をちゃぶ台に置きました。
そうして、こう言われたのです。

「私は、あなたより少したくさん勉強をしたと思う。 
 でもね、いま思った。
 私は、ほんとうに何にもわかっていないんだって」

一瞬何を言っておられるのかわからなかったよ。
そのとき35歳の僕は、世の中を生きていくのに精一杯で、商売を上手にやることで頭がいっぱいだった。
世間はバブルで狂喜乱舞し、見えるものが全てで、お金が神さまみたいに崇められた時代だった。
先生はこう言いました。

「科学者に経済のことなどわかるものかと世間は言います。
 でも、宇宙はシンプルなのです。
 上がったものは落ちるのです。
 私は、ロケットの研究をしているときも、
 上がったロケットが、どこに落ちるのかをいつも考えていました。
 上げ方よりも落とし方。
 こっちの方が大事なんです」

かっこちゃん、35歳のときの僕にはわからなかったことが、
63歳の僕に少しわかるよ。
糸川先生が言ったことは、途方もなくすごいことなんだと。
そして、先生と同じ歳、82歳になったらもっとわかるはずだ。

生きているということは、それだけでもすごいことなんだね。
よかった、死ななくて。

僕もずっと学校に行く意味がわからなかった。
あれほどつまらない場所はなかった。
好きになった先生は一人もいなかったよ。
誰が決めたんだろうか、毎日毎日こんなところに通うことを。
焼けてなくなってしまえばいいと願った。

「いい学校を出て、いい会社に入ったら幸せになれるから、
  頑張っていい成績をとらなければならない」

ずっと落ちこぼれていました。
全然勉強が楽しくありませんでした。
でもね、かっこちゃんの手紙にあった言葉を子どものとき聞いていたら、
きっと勉強するということを考えたと思います。

・・・・・・・・

子供たちの質問にはいつも一生懸命答えたいのです。
「私も考えたんだけどね」と子供たちとお話ししました。「みんなはこれからの未来を作っていくんだから、昔の人が勉強したり、発見したりしたことを土台に新しいこと考えたり発明したりしていく人なんだと思う。だったらこれまでの人が作ってくれた土台は知っといたほうがいいのかなあ。どう思う?」
あきらくんはなぜか笑いながら「かっこちゃんの考えはこれまでで一番いいわ」と褒めてくれました。

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こうじくんもかっこちゃんの考えを褒めます。
この手紙を読みながら、糸川先生が僕に話してくれたことを思い出しています。

糸川少年は好奇心旺盛すぎてじっとしていられない子どもでした。
学校の先生に
「お宅のお子さんは、まったく地に足がついていない」と叱られて、
それから半年ほど靴を履かずに生活したそうです。
「地面に足をつけたら、ちょっとはまともになるんじゃないかと思ってね」
と、笑う先生の顔が瞼の裏に浮かびます。

学校から帰っても、カバンを放り投げて、すぐに遊びに行ってしまう少年でした。
学校での勉強が面白くなくて、自然の中で遊びまわっていました。

ある日、学校から帰るとお母さんが正座をして待っていました。

「英夫さん、お座りなさい。」

糸川少年は、お母さんに熱いお灸をすえられることを覚悟しました。
お母さんが言うことが全部正しいわけではないけれど、でも、お母さんには逆らえない。

「あなたね、学校でも全然先生の話を聞いていないというじゃありませんか。
 家に帰っても、ちっとも勉強しない。
 これじゃぁ、成績がよくなるわけはありませんね。
 英夫さん、
 お母さんは、あなたに成績が良くなってくださいというのじゃありませんよ。
 近所の○○ちゃん、知ってるでしょ。
 ○○ちゃんは病気で学校に行けないのよ。
 ○○ちゃんは、学校に行きたい、勉強したいって泣いてるのよ。
 英夫さん、
 ○○ちゃんに、学校で聞いてきた話、教えてあげてくださいな」

糸川少年はショックを受けました。
自分は元気だけど、病気で学校に行けない友だちがいる。
その人の気持ちも考えたことがなかった。
その日以来、糸川少年は先生の話を一所懸命聞きました。
そして、家に帰る前に○○ちゃんの家に寄って、先生から聞いたことを話しました。
黒板に書いてあったことを伝えるために、
ちゃぶ台に向かい合って座り、糸川少年は相手に向かって反対から文字を書きました。

糸川先生は、反対側から文字を書くのがとても速かった。
それは、自分のためでなく、○○ちゃんのために書いてきたからなのです。

「May I help you?」

人として、誰かのために役に立つことほど嬉しいことはないのだと先生は教えてくれました。
「命は自分のために使ってはいけない。
 人のために使うものなのだ。」と、教えてくれました。

「手のひらは、もらうためより
         あげるため」だと教えてくれました。

かっこちゃん、僕は学校を出てから勉強が好きになりました。
知らないことを知ることは喜びです。
これまで生きた人の分だけ知識が無限に蓄積されています。
僕たちは、仏陀やイエスより遥かにたくさんの知識を得ています。

でも、ほんとうのことはわかっていません。

「人はどうして生まれてくるのか、どうせ死んでしまうのに。」

そんな、単純な問いかけにさえ答えを持ちません。

知っていることを知っている・・・

知らないということを知っている・・・

その向こう側に、知らないことさえ知らない世界が無限に広がっています。
糸川先生がポツリとつぶやいた世界を僕も見てみたい。
だから、82歳になるまで歩き続けよう。

ずっと勉強しよう。

・・・・・・・・・
「魔法の文通」(モナ森出版)の続きです。


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