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【哲学的考察】イデアについて

 いつもは、鑑賞した舞台や読んだ本の感想を書いているのですが、今日は、最近考えたこと(気づいたこと)について記載してみようと思います。少し大上段ですが、「イデア(理想像)」についてです。

 最近、以下の飲食物を食べました。

(1)オムライス

 初めに食べたのは、以下のオムライスです。「昔ながらのオムライス」というメニュー名だったように思います。
 でも、少し私のイメージとは異なりました。昔ながらというより、新しい感じを受けます。

オムライス①

 別の日に食べたのは、以下のオムライスです。
 少し自分の頭の中のイメージ像に近づきました。自分の中に、(昔ながらの)オムライスのイメージがあるのです。ただ、もう少し丸みのとれた横長が理想だなぁ、と思いました。中のご飯も、ピラフ風よりケチャップご飯が良かったです(ちょっとわがまま)。

オムライス②

(2)クリームソーダ

 次はクリームソーダについてです。ある日、クリームソーダを注文すると、下の写真のものが出てきました。
 とても美味しかったのですが、コップ(器)がもう少し縦長な方が、私の中のイメージ(理想像)に合うように思いました。ただ、そのコップは透明なのですが、柄が入っているのかなどの細かいところはイメージ出来ませんでした。

クリームソーダ

 そして、以下の考察をしました。

(3)理想(像)は経験によるのか

 プラトンのイデア論など、哲学の本をきちんと読んでいないにも関わらず、こういうことを記載するのは大変恐縮ですが、イデア(理想)とは、天から降ってくるものではなく、個々人の経験から導きだされる(イメージとして表出される)ものなのかな、と思いました。

 ただ、ここまで書きつつ、高校のときの「倫理」の授業では、「イデア」は、万人に共通のものだった気がしています(汗)。ひょっとしたら、議論に階層があり、別の次元の話を私はしているのかもしれません。

(4)理想は型に嵌まっているのか

 私が考えた(1)を前提とすると、イデア(理想)は、考える人によって差があるのかもしれません。そして、イデア(理想)は、個々人の経験の枠に嵌められているのかもしれません。あまり自分の枠にこだわりすぎると、危ない面があるような気がします。
 そのため、個々人が描く理想に突き進むだけでなく、(枠を取り払って)もう少し自由に考えたり、他者と共有してみたりするのも面白いかなと思いました。

 私は、哲学(哲学的な考え方を含む)には興味がありますが、それほど専門書を読んだわけでなく、門外漢です。今回は、少し考えてみたことを記載してみましたが、お目汚しの記事になってしまったかもしれません。最後まで読んで頂き、ありがとうございます。もう少し勉強してみたいです。

 冒頭の写真は、「三角形のイデア」を考え、「三角形」で検索し、gogoさんの画像を使用させて頂きました。こちらもありがとうございました。本日は以上です。

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