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egg(46)

 
第二十章
 
「ただいま」
人気のない自宅のリビングに帰ってきたわたしこと高藤由美は、ポストに大量に入っていた督促状をテーブルにばさりと放り投げると、荷物や上着をぽいぽいと床に投げ捨てて、ソファにごろりと横になり、手のひらをおでこにあてて呟いた。
「わたしって、自分勝手なのか……」
さっき岡田葵に言われた言葉が胸を刺す。言われてみれば、わたしは西島秀樹ことギャラの気持ちを無視して、自分に都合のいいように接していたような気もする。
でもそれはわたしがギャラに安心していたからなのだ。
普段のわたしは人と話すときにとても緊張する。葵に「お高くとまっている」と言われたけど、どっちかというと逆で、どんな自分を出したらいいかがわからないから、相手が望む自分を出しているのだ。友達がしゃべっているときはそれこそ全身耳のようになって話を聞くし、面白いときは一生懸命に面白がった。たとえ退屈な話でも絶対につまらなそうな顔を見せなかった。
そしてわたしは基本的には聞き役だ。自分から話題を提供してどんな反応をされるのかが不安だし、そもそも沈黙されるのが怖いから、相手に気持ちよく話してもらうことばっかり考えている。それこそ毎分毎秒、そんな緊張感をもってわたしは他人と接しているんだ。
 
でも、ギャラは違った。
ギャラと二人でドライブしたあの夏の日、わたしは普段よりおしゃべりだった。だって、ギャラとしゃべるのがとても楽しかったんだもん。
ギャラはわたしがどんな態度をとっても絶対嫌がらないし、むしろ嬉しそうで、退屈な話でも喜んで聞いてくれた。それがわかったから、わたしは安心して自分をさらけ出すことができたんだ。
 
甘えちゃっていたのかな……。
かつてお兄ちゃんと仲良く話していた「わたし」を思い出す。あのころはお兄ちゃんにずけずけと言いたい放題していたけど、それでもお兄ちゃんはわたしを許してくれる、と信じて疑わなかった。
ギャラは年下だけど、わたしにとってはお兄ちゃんみたいな存在なのかも。わがままをたくさん言った気がするし、そもそも自分より下に見ている気がする。葵はギャラが好きだから、そんなわたしの態度にイライラしていたんだろう。
ごめんね、葵ちゃん。ごめんね、ギャラ。こんな風にしか人と接することができないわたしでごめんね……。
 
ソファに寝転がって白塗りの天井を見つめたまま、わたしは静かに涙を流した。
すると、玄関からガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえて、お母さんが家に帰ってきた。

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