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森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』を読んで

 この小説は恋愛ファンタジーなのに全く恋愛をしていない。そう思えるようなほど「先輩」は外堀を埋めるとこに身をやつし、「黒髪の乙女」は自分のペースで生きている。しかしこの物語は恋愛ファンタジーなのである。
 彼と彼女の物語は交わらないようで交わっている。例えば彼女が飲み屋で出会った、樋口さんと羽貫さんと木屋町か先斗町に向かって歩いていると脱ぎ捨てられズボンを発見する。このズボンを何を思ったか羽貫さんは履いてこの後の町を闊歩するのだが、このズボンこそ先輩が履いていた物なのだ。これはこの後伝説となる、彼女が電気ブランの飲み比べの対戦相手李白氏の手によるものなのだ。このようにして触れそうで触れない距離感で2人の恋愛は進行していくのだ。
 この小説では、彼と彼女の2つの視点で話がすすむ。そのバトンとなるのが上記のような出来事であったり、同じ言葉である。読み進めていくとまるでドミノが崩れているかのような感覚を味わうのだが、このバトンタッチによるものだと気づく。森見登美彦の巧みさを感じざるを得ない。
 夜は短し歩けよ乙女。その行進に共にするような不思議な感覚がこの小説にはあり、その夜明けが先輩の黒髪の乙女への恋愛感情の成就となっている。

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