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思わず誰かに話したくなる面白いデザイン小話が満載の「眼の冒険」

グラフィックデザイナーである松田行正さんによる「眼の冒険」がとても良質なデザイン論考集だったので、いくつかの学びをメモしておく。

印象絵画を生んだのは鉄道と気球?

まずは、モンドリアンなどの印象絵画に繋がったのは、鉄道の登場による風景観の変化と、気球の発明による空中からの俯瞰眺望であったという話。

馬車とは比べ物にならないスピードで走る鉄道の車窓の風景においては、それまでしっかり見えていた風景はかすみ、崩れ、見たこともない形を人々にもたらした。 つまり車窓から見える近景はそのスピードによって奥行き感を失い、フラットになった。

実際にヴィクトル・ユーゴーは車窓から見える風景について、そのように語っている。 また1783年にフランスのモンゴルフィエ兄弟が気球を発明したことで、空から見た地上という新しい眺望も登場した。 そこで人々は、眼下に拡がい遠近法が無効になったフラットな都市をはじめて見た。

こうして鉄道の速度による風景観の変化と、空中からの俯瞰は絵画表現に多くの影響を与え、モンドリアンに繋がっていく。松田氏いわく印象派こそ「速度」の影響を受けた第一世代だという。

「面」の美学と、「線」の美学

「線」についても非常に興味深い観点が提示される。

松田氏いわく、西洋は「面の美学」であり、日本は「線の美学」である。 西洋は石造建築が中心なので基本が静的である。運動表現はダヴィンチが開発したぼかし技など面の表現が目立つ。 一方の日本は、木材の組み合わせの建築からして線的、歌川広重の浮世絵のような線が乱舞する表現が多い。

「粋」で「革命的な」ストライプ

また、線つながりで興味深い縦横の歴史も紹介される。 日本文化の特徴は、箸の置き方など縦より横を好むとよく言われる。かつて日本には横のストライプはあっても縦のストライプはなかった。縞模様の「縞」はもともと縦ストライプのことで、室町時代に海外貿易によってもたらされた島物だった

この当時の日本にとって新鮮な模様は爆発的に流行ったが、外国産のものは許さないという室町幕府のお達しによって身分の低い人しか身に着けられなくなった。これは西洋で、黒人や使用人などの当時のアウトサイダーを目立つ模様でマーキングするために縦縞が採用されていたことと似ている。

やがて反抗や革命のしるしとして、アメリカの国旗にストライプが使われ、フランス革命でも革命のシンボルとして爆発的に流行し、日本でも身分の低い人しか身に着けられなかったストライプが武士の袴の模様として「粋」という名の下に大流行したのとも似ている。

日本の非対称への美学

このような「粋」の精神とほのかに通底していそうだなと個人的に感じたのが、日本の非対称への美学だ。 西洋においては、左右対称は凝固した静止の完璧な状態とみなされ、多くの宮殿にも左右対称の構造が見られる。ファシズムも左右対称の美学をツールとして多用した。

一方の日本美においては、対象の均衡を一部崩した「反対称」に美を見出す考え方があった。 法隆寺の伽藍配置図などはその最たる例だ。 このように、対象にできるのにあえて少し崩し、絶対静寂の世界ではなく「動き」を入れることに美を感じるきらいがあるようだ。

有名な逸話で、千利休も掃き清められた庭に、わざわざ数枚の落ち葉を散らしたというのも、まさに同じ美意識から来るものであろう。


本書はこの他にも、明朝体を発明したのは実はフランス人で、背景にはアヘン戦争があった、などなど面白いデザイン小話が大変多く収められている。

デザインに興味がある方には、ぜひともおすすめしたい1冊だ。


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