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サンドウィッチは旅の味

 サンドウィッチをあまり食べません。パンがあまり好きでないというのが大きいでしょう。それに、街中のコンビニエンスストアで売っているものは、どれもこれも高いですし、大きさの割に具も少なく、おなかも膨れません。なぜこれほどサンドウィッチが売られているのか、私にはよくわかりません。

 しかしながら、サンドウィッチが、おにぎりやお弁当にはない、独特の浮遊した雰囲気を抱いていることは間違い無いでしょう。『ボンボン、チョコレート、サンドウィッチに煙草』と駅の売店で売られております卵サンドやハムレタスサンドウィッチは、もうそれだけで素敵な雰囲気を持っています。

 ペラペラしたセロハンをめくれば、ツナレタスのツンとした辛子の香りが鼻につきます。辛子はとびっきり辛くなければなりません。家を遠く離れた旅人の空腹をそっと慰めてくれるような、そんな食べ物です。ああ! そして、食べ終わったあとに残る、包み紙の軽さよ。それはきっとこのサンドウィッチがふわふわとした素敵な雰囲気を持っているからなのでしょう。その浮遊感は、私が初めてサンドウィッチという食べ物を知った、大都市の空港に由来しているのではないかと、私は考えます。移動の合間に、さっと口に入れる軽食。旅のわくわくした雰囲気と混じり合った、マスタードのツーンとする辛味。

 父の肩車に乗って、都会の銀色した空港を訪れたのは、今ではもう思い出せないぐらい昔のことです。吹き抜けの回廊を見上げれば、幾重にも重なった空中回廊と、反響する出発のアナウンス。その中を、大きな荷物を抱えた人たちが忙しそうに行き交い、ちらほらと見える小さな子供たちは楽しそうに走り回っておりました。私は大変臆病な子供で、知らないところや広い場所に行くと、すぐに泣き出してしまうような子だったのですが、このときばかりは目をキラキラと輝かせて辺りをキョロキョロと見回しておりました。

 自分の背丈よりも遥かに高い天井を見上げますと、まるで自分が小さくなったかのような錯覚を覚えます。今にもその回廊を突き抜けて誰かが現れそうな予感に胸が躍ります。そんな私の目の前にコトリと置かれたのがサンドウィッチでした。それは真っ白な平皿の上に載せられておりました。赤いさくらんぼの種が二つ添えられておりました。螺旋階段を登ったところにある、透明プラスチックの色をした喫茶室では、滑走路から差し込んだ光が、サンドウィッチをそっと白く浮かび上がらせていました。

 どきどきしながら、白い三角形のパンを口に入れますと、ツーンとした辛子の香りと、淡白なツナと、シャキッと水々しいレタスの風味が、口いっぱいに広がります。パンは薄く焼かれており、パリパリとした食感を残してすぐに口の中で溶けてなくなってしまいます。ポーンという、空港独特の電子音が、アナウンスと共に響きます。

「手荷物検査は一時間ぐらい後だから、ゆっくり食べなさい」
 
そう言う父の声。私はサンドウィッチを頬張りながら、何度も頷きました。コーヒーと、スーツケースの匂い。サイフォンで沸騰するお湯と、カウンターの向こうで飛び立つ、銀色の飛行機。窓の外に見える、広大な滑走路と、立ち並ぶ高層ビル群。ちょこんと飾られた、白いプラスチックの模型飛行機。

 サンドウィッチは、旅の味です。

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