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「タマネギ」対「長ネギ」の韓国国会議員選挙


海外事情研究所助教 梅田 皓士

「タマネギ男」の再登場
 韓国では、4月10日に国会議員選挙が実施されたが、この選挙では、既存の二大政党に加えて、選挙の一ヶ月前に結党された祖国革新党が比例のみに候補者を擁立し、12議席を獲得した。韓国では、院内交渉団体の資格を20議席としているため、国会において独自の行動は限定されるものの、この12議席という議席数は、今後の大統領選挙を見据えても大きな意味を持つ。
 そして、この祖国革新党を結党したのが曺国元法務部長官であった。曺国は、文在寅政権において大統領秘書で室民情首席を務め、その後、文在寅政権の目玉政策であった「検察改革」のために法務部長官に就任したものの、当時、検事総長であった尹錫悦が検察の組織防衛のために曺国や政府高官の「疑惑」を捜査したことで、娘の大学入試などの不正が表面化し、他にも様々な「疑惑」が提起され、次から次に疑惑が出る状況を剥いても剥いても同じ物が出てくるタマネギになぞらえて、「タマネギ男」と揶揄された。結果として、法務部長官を辞任に追い込まれた上で、二審で懲役二年の実刑判決受けるまでに至った。
 曺国は今回の選挙にあたり、「非法律的な方法による名誉回復」を掲げて選挙に立候補する意思を示し、そのために結党したのが祖国革新党であった。なお、党名の「祖国」も韓国語では、「曺国」と同じ発音であり、音声だけでは「曺国革新党」にも聞こえる。当初、曺国の動きはそこまで大きく注目されていなかったものの、李在明が共に民主党の「私党化」を図る一環として、それまで、共に民主党の主流派であった親文在寅派(親文)の中核的な人物に公認を与えない、劣勢地域からの立候補に追い込むなどの粛正を行ったために、親文の共に民主党支持層が共に民主党から一歩距離を置くようになった。
 そこで登場したのが、曺国であった。曺国は親文の源流に当たる親盧武鉉(親盧)からつながる系統に属する人物である。そのため、李在明の私党化を嫌う親文の共に民主党支持層からすると親和性が高い。その曺国が祖国革新党を結党し、比例のみに候補者を擁立することで、共に民主党から離れた層の受け皿となったのであった。共に民主党からしたら、祖国革新党の登場で比例での得票数は減らすものの、投票に行き、比例で祖国革新党に投票した有権者は選挙区では、他に選択肢がないために共に民主党の候補者に投票せざるを得なくなるため、結果として、共に民主党は選挙区での得票拡大につながる。そして、選挙の結果でも、この傾向が現れた。
 曺国の登場は、選挙の構造においても、共に民主党にとって追い風になった。さらに、追い風となったのは、「尹錫悦憎し」で曺国は公約等においても反尹錫悦を明確にしたことである。祖国革新党のスローガンも「3年は長すぎる」であり、あわよくば尹錫悦を弾劾に追い込みたいと願う有権者を支持へとつなげた。そして、この反尹錫悦の姿勢は、尹錫悦政権と一体化の傾向を示していた国民の力への批判にもつながり、尹錫悦への中間評価という選挙の争点をより明確化する効果につながった。

「長ネギ事件」
 この「タマネギ男」こと曺国が反尹錫悦の気勢を上げる中で起きたのが「長ネギ事件」であった。「長ネギ事件」は、尹錫悦がスーパーに視察に行った際、長ネギ1キロの価格を見て「合理的な価格」と表現したが、実は、この価格は特別価格で通常はこの3倍近い価格であったために、長ネギの価格も知らない大統領との批判が高まったのであった。特に、韓国ではインフレが進み、国民生活にも影響を及ぼしている中での発言であったために、この発言は大きく取り上げられた。
そして、この発言を受けて「長ネギ」が一つの政治的な意見表明の材料となった。野党陣営の遊説会場には長ネギを持ち込む聴衆も現れた。さらに、ある有権者が選挙管理員会に期日前投票の会場に長ネギを持ち込んでもいいのかと問い合わせた際、長ネギの持ち込みを禁止すると回答をしたことで、野党陣営は盛り上がった。特に、「長ネギ」の韓国語の発音が「テパ」で「大破」の韓国語の発音も全く同じ「テパ」であったことから、長ネギは尹錫悦政権を「大破」すると主張する一つのアイテムとなった。

「長ネギ事件」と尹錫悦大統領の「不通」
 しかし、この「長ネギ事件」は単なる価格の間違いだけではなく、尹錫悦政権の構造的な欠陥を示していた。やり方によっては、視察中、随行していた秘書官が耳打ちするなどしてその場で訂正することもできた。だが、そのような動きは全くなかった。これは、尹錫悦とその周囲との意思疎通の不足が常態化していることを示しているのである。韓国では、大統領の意思疎通やコミュニケーションの不足を「不通」と呼ぶが、尹錫悦も典型的な「不通」であった。この「不通」は政権内部のコミュニケーション不足だけではなく、国民や世論とのコミュニケーション不足もあった。
 今回の国会議員選挙で与党・国民の力が大敗したのは、この尹錫悦の「不通」に大きな原因があった。検事総長出身の尹錫悦が「正義」を振りかざして一方的に政策発表し、遂行する姿は、国民には強いリーダーシップではなく独善的な姿に映った。この上(大統領)から下(国民)に押しつけるスタイルは、早い意思決定につながり、韓国の高度経済成長を作り上げた一つの要因であった。だが、今の韓国社会では、このスタイルは中々、受け入れられづらいようである。
 文在寅前政権は、政権の終わりまで一定の支持率を維持していた。これには様々な要因が挙げられ、実際に筆者も、「次の権力」の不在など様々な要因を指摘してきた。しかし、この背景の一つに国民や世論とのコミュニケーションに気を遣ったことがあったということも挙げられるというのが尹錫悦の政権運営から後々、気づかされたことであった。元祖「不通」とも言える朴槿恵政権を反面教師として、文在寅政権はコミュニケーションに気を遣った訳であるが、結果として、これは文在寅政権にとって良い結果につながったと言えるだろう。
 また、この上から下へのリーダーシップへの反発は、韓国社会の成熟から来ているものとも考えられる。今後の大統領も従来のようなリーダーシップでは、「不通」あるいは、独善的などと反発を招きかねない。その意味においても、韓国では、リーダーシップのあり方についても、今一度、考え直す時期が来ているのかも知れない。
尹錫悦がこのままのスタイルで政権運営を続けた場合、さらなる支持の低下は避けられない。その際、次期大統領選挙で「タマネギ男」こと曺国の意を受けた候補者が大統領選挙に挑戦し、当選した場合、尹錫悦大統領やその周辺の人物は真っ先に「報復」の対象になるであろう。だた、今の尹錫悦を見ていると、仮に「政治報復」によって獄中に入ったとしても、「間違ってない」と言っている姿を想像してしまうのは、筆者だけではないであろう。