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未経験から管理職へ。福祉の“ふ”の字も知らず始めたことは今や強み

こんにちは!
外部広報担当の三好です。

みなさん、前回のサビ管オワコン会議を覚えていらっしゃるでしょうか。

そう、管理職ってオワコンなの?を現役管理職メンバーで議論した、あの記事です。

メンバーのひとり、通所施設の管理職を務める池原 達史(いけはら たつふみ)さんはオワコン会議で「以前からサビ管(サービス管理責任者)のような位置づけだった」とおっしゃっていました。

その台詞しかり、声をかけやすそうな優しい雰囲気から「福祉業界が長い方なのかな」と勝手に思っていたのですが、実は入社時はまったくの未経験だったそうです。

「福祉の“ふ”の字も知らずに入りました」。そう話す池原さんに、未経験から管理職になり、今に至るまでの15年を話していただきました。

「福祉=お年寄りの介護」だと思っていた

池原さんが人生で初めて働いたのはゲームセンター。大学生のときにアルバイトとして入り、そのまま正社員になって、計10年間勤めました。

その後、医療系の仕事に興味を持った池原さんは会社を退職。漠然と医療に携わりたいという思いのもと求人を見ていたら、高志保園(海邦福祉会の入所施設)の求人広告が目に留まったのです。

未経験でもOKな福祉の仕事。しかも家から近い。いいかもしれない。

そう思った池原さんは、すぐに応募。その時点で「福祉=お年寄りの介護」だと思っていたため、面接の際に、若い方が大きな声で「こんにちはー!」と近づいて来たことに、とても驚いたそうです。

「あれ?おじい・おばあじゃないの?」と思いましたと池原さん。

とはいえ小学生時代、知的障がいを持つ友人がいたため特に偏見はなく、当時の理事長から「資格がなくても大丈夫」「人と対峙するのに資格は必要ないよ」という言葉に勇気づけられ、入社を決めました。

入社後はまず、入所施設(高志保園)で生活介護からスタート。

※入所施設とは:障害福祉サービスには大きくわけて「居住支援」「通所施設」「訪問支援」の3つがあります。入所施設は「居住支援」のひとつであり、利用者に入居してもらい、職員の介助をうけながら生活していくところです。

まったく知識のない状態からスタートした知的障がい者支援は、最初「どう対処していいか分からない」「対応する引き出しがまったくない」と戸惑うことが多かったそう。しばらくは食事もまともに取れない精神状態が続きました。

「分からない」に困惑する日々が続きましたが、月日が経つにつれて馴染み、1か月が経過した頃には利用者さんとスムーズにコミュニケーションが取れるようになりました。

そして3か月が経過したタイミングで、通所施設に異動。通所施設では主に通いの利用者さんと芋の皮むきをして過ごしました。そんなある日、突然、前理事長に声を掛けられます。

「あれ?なんであなたここにいるの?あなたはパンだよ!」

池原さんは突然の出来事に驚きましたが、実はその頃、海邦福祉会ではパン製造業が始まったばかり。池原さんは幹部会議でパン立ち上げ時の社員として抜擢されていましたが、なんとその情報が本人に共有されていませんでした。池原さんは慌ててパン工房に向かったそうです。

通所施設すぐ隣にあるパン工房

池原さんはパン工房へ行くや否や「とりあえず計量をお願い」と言われますが、何をどうやって、何グラム量ればいいのか分かりません。イーグルって書いてるけど、なにそれ???

池原さんは当然飲食に携わった経験はなく、ゼロからのパン製造は、覚えることだらけ。最初こそ大変でしたが、慣れてくるにつれ、利用者さんが「できない」から「できる」に変わっていく姿を見るのが楽しみになっていったのだそうです。

その後、池原さんは就労支援B型事業と児童発達支援事業の多機能事業所の立ち上げにより異動。

立ち上げた多機能事業所では、理事長・隆生さんに相談しながら現場を回していたため、役職はなかったもののすでに管理職のような働き方をしていたという池原さん。後に管理職となりますが、前回の管理職オワコン会議で立ち上げた多機能事業所「管理職になる前から管理職の動きをしていたので」と仰っていたのは多機能事業所のお話だったのでした。

「やるしかないって感じだったけど、抜擢してもらえたのは嬉しかったし、楽しかったですよ」と池原さん。

そのまた数年後、次は新たにオープンしたパン屋「Bakery&Cafe Pod(ポッド)」に異動となった池原さん。

Podは障がい者雇用も行いながら、利用者さんと一緒にパンを販売するベーカリー&カフェ。大々的に「障がい者を雇用するカフェです」とうたわず経営していたため、お客さんに驚かれることもありましたが、前職での接客経験や持ち前のコミュニケーションスキルでなんとか乗り切りました。

池原さん「Podのスローガンは『ひとりひとりが職人』でした。千円もらっておつりを5千円渡しそうになる、みたいな笑えるトラブルも多々ありましたが、笑顔が素敵な人、挨拶の声が大きい人、袋をぴっちり綺麗に入れるのが好きな人など、みんなそれぞれ何かの職人なんです。この方の挨拶が好きだからって常連さんがつく利用者さんもいたり。ひとりひとりが輝いていました」

Podは見事、大盛況。作れば作るほど売れてしまう状態だったため、理事長の隆生さんも朝6時半に来て掃除を手伝っていたのだそうです。

その後、池原さんはPodで働きながらサビ管研修を行い、見事合格。サビ管になるには10年の現場経験が必要になるため、時がたつのを待ったのち、満を持して10年後に正式にサビ管に。現在は通所施設の管理を担っています。

三好「未経験で入社した後も、未経験ばかり経験してますね(笑)。未経験の達人!」

池原さん「やってない業務は厨房だけだねって言われます(笑)。」

三好「(笑)色んな部署に異動することは池原さん的には苦ではなかったんですか?見方によっては振り回されたと感じる気もします。」

池原さん「そこはもう、色々経験させてもらったなって感覚です。大変なことも多かったけど、新しい事業をやるのは毎回楽しみだったし、そこに抜擢されたのはシンプルに嬉しかったので。」

三好「ポジティブですね。色々経験された中で、一番大変だった時と楽しかった時をお聞きしたいです。」

池原さん「大変だったのはPodです。とにかく朝が早かった!本当に忙しいお店だったので、振り返るとめっちゃしんどかったなって(笑)。あと数字の管理も苦手でしたね...。楽しかったのはパン工房です。利用者さんが少しずつできるようになる姿を見ることが、本当に楽しみでした。」

三好「パン工房がいちばん楽しかったのは意外です!突然の異動で困惑したのかなと思っていました。」

池原さん「パン工房で、僕は利用者さんが『できる』に辿り着く瞬間が嬉しいんだと気づいたんです。たとえば当時パン作りを教えていた利用者さんが、8年かかって全部できるようになったんですよ。その方、今や『利用者さん』ではなく『障がい者雇用』という形のいち社員として勤務していて。そういうのが僕はとても嬉しいんです。」

三好「あ、私一度お会いしたことがあります。とてもしっかりお仕事されていたので、パッと見て障がいがある方だと思いませんでした。」

キッチンを拭いているのが「利用者さん」から「障がい者雇用」となった方。

大変なこともありながら、自分なりのやりがいを見出した池原さん。15年間を振り返り、こう話します。

池原さん「福祉の”ふ”の字も知らなかった僕が、今こうして管理職として役職をいただけているのは、色んなことを経験させてくれた会社と評価してくれる人がいるおかげです。だからこれから入ってくる人も、教科書に頼らず、現場を経験しながら利用者さんと接する時間を楽しみながら働いて欲しいです。」

最後に、隆生さんからも一言いただきました。

隆生さん「池原さんは、とても真面目な人だね。頼もしいけど、ちょっと心配でもあります。そして僕は『未経験』は弱みじゃなくて強みだと思っています。なぜなら未経験から入る人が圧倒的に多いから。だから池原さんは、これから入る多くの人にとってモデルになるんですよ。」

三好「たしかに未経験から入って管理職になった人が身近にいると、モチベーションになりますもんね!」

隆生さん「管理職はオワコンだけどね(笑)。」

三好「そうでした(笑)。」

最近よく「自分のやりたいことが分からない」という悩みを耳にします。私も悩んだことがありますし、今でも時々考えます。

だけど池原さんのお話を聞いて「やりたいことって、“分かる”ものじゃないかもしれないな」と思いました。

池原さんは何事も、やる前は「やりたいかやりたくないか」に目を向けていません。先入観なく、やってみた後に「自分はこれが苦手だった」「自分はこれが楽しい」と気付いています。

やりたいことって、色んなことを試している途中に“気付く”ものなのかもしれない。もちろん、やりたくないことにも気付きながら...。ということを、素直で前向きな池原さんから学びました。

サビ管オワコン会議でも、池原さんの前向きさが全面に出ていますので、ぜひ読んでみてくださいね~。


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