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INSIDE MOEBIUS(インサイドメビウス) Part1と休む

  今回は巨匠メビウスの作品、インサイドメビウスを紹介する。メビウスはBD界の巨匠で2012年に故人となっている。彼の作品はいくつか邦訳がされており、その中でも「アンカル」は名作中の名作だ。今後取り上げたいと思う。また、「アルザック」という作品もとても著名でメビウスの代表作である。さらにウェスタンものの「ブルーベリー」やSFものの「エデナの世界」も名作といわれている。

 今回紹介する、インサイドメビウスはそういったストーリーものの作品とは一線を画する作品だ。本作品は、タイトルの通り、作者であるメビウスの内面を描いた作品である。そのため、本作品にストーリーらしいストーリーはない。

 そのような前提のもと、まず本作品が誕生した経緯をみてみたい。これは本作品の冒頭にメビウスと彼の妻であるイサベルとの対話という形で言及されている。曰く、「大麻を吸うことを止めたとき、決意から生じる情動や感情反応を記録することにした」とある。またこれはストーリーが描かれているより「日々の気分や出来事を即興的に表現したもの」ということらしい。それは日記のようでもあるが、漫画というメディアを通じて表現されることに力点があるということらしい。つまり、自分の日々の思考(自伝ではなく)を漫画で表現してみたということだろうか。

 本作品は2つのストーリーが収録されている。1つめが大麻を吸うのやめる話、2つめがビン・ラディンとの対話である。

 まず1つめのストーリーは、メビウスが大麻を止めようとすると、自己分裂したり、アルザックやグリューベル少佐(メビウスの「密閉されたガレージ」というシリーズの登場人物らしい。なお、「密閉されたガレージ」については邦訳または英訳が入手できず、グリューベル少佐のキャラクターは未知である)やブルーベリーといった、メビウスの作品の主要なキャラクターが登場したり若い頃のメビウスが登場したりする。そこで、メビウスと彼の若い頃と彼自身が生み出したキャラクターと喧々諤諤議論が行われていく。漫画描いている自分が漫画の中に登場するというメタ的構造がいかにもフランスっぽくて良い。そして、ストリーの支配者であるにも関わらず、キャラクターが自走しており制御が十分効かないというのも興味深い。そういうややこしいことを抜きにして絵が素晴らしい。以下代表的なコマを抜粋する。

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例えば上記のコマ。普段のメビウスの線より柔らかくて、簡略化されていて、漫画っぽい線がよい。さらに、何か抽象的なかたまりから具体的なものが生み出される過程が描かれており、いかにも即興性と漫画を描く際の思考過程が再現されているように見える。実際下書きをする際の思考過程を絵画的・漫画的表現をするとこんな感じになるのではないだろうか。

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大麻をやめたメビウスに大麻を勧める若い頃のメビウスとアルザックとグリューベル少佐。このコマを描いているメビウスは、自身が生み出したキャラクターを制御できるはずが、漫画の上では制御ができていない。これは彼の葛藤を示しているのか。しかし漫画におけるメビウスは明確に大麻を拒絶している。なお、本作品は上記の通り邦訳がなく英語版しかないが、文字が大きいのと比較的平易な単語でスクリプトが書かれているので英語初心者でも十分に読めると思う。

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そして、上記は空飛ぶメビウス。この空飛ぶメビウスは2つめのストーリーでも重要な要素となる。何かの比喩なのだろうか。それとも本当に空を飛ぶことに心惹かれていたのだろうか。

2つめのストーリーは、ビンラディンとの対話である。ビンラディンはあのビンラディンである。2021年10月現在、アフガニスタンは再びタリバンが政権を奪取している。メビウスが存命であればこれをどのように見ていたか気になるところだ。

 ビンラディンとの対話においても、彼の作品のキャラクターがいろいろ登場して会話を繰り返す。ただ会話を繰り返すだけなので大きなストリーがあるわけではない。ポイントとしては、ジェロニモが登場し(あのジェロニモだ)、ビンラディンとの共通性を指摘されるところである。当時、メビウスは9.11を見て色々思索をしていたに違いない。ビン・ラディンとジェロニモの共通性を指摘する議論はあまり聞かないのでとても新鮮だった。

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憤慨するビン・ラディン。こうみるとだいぶ普段のメビウスの線と違う。メビウスは作品ごとにそれぞれ色々な線を使い分けているのでとても興味深い。

縷縷述べてきたが、とても面白い作品だし、メビウスの思考がわかるというと言い過ぎだが、思考過程を漫画にするというのはとても面白い。英語も難解でないし、文字も大きく描かれていてとても読みやすい。本作品Amazonで購入できるので是非チェキラしていただきたい。

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