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「茶道って、奥深いんですね」 いえいえ、泥沼です……

 連休後半の土曜日。銀座のお茶室は普段の土曜日の混雑が嘘のように、静まり返っていた。
「カゲロウさん。風炉の薄茶の準備をして」
 と先生のお声。前回は濃茶の四方捌きの割稽古をした。もしや今日は、初の濃茶のお点前かなと期待していたので、大きく裏切られた。しかし、そんなこともあろうかと薄茶用のお茶杓の銘と濃茶用の禅語からとった硬めの銘も考えてあった。
 今日の薄茶のお手前を見てくれるのは、講師の男性である。お客様は体験の若い女性だ。
「本来、お茶室に入る時は、あそこの小さな躙口というところから入ります」
 という説明の後、私の風炉の薄茶のお点前が始まり、問答に辿り着いた。体験の女性に代わって講師の男性が、
「お茶杓の銘は?」
 お客は体験の女性であることを考慮して、
「風薫る五月なので、薫風(くんぷう)でございます」
 と答えたら。すると講師が、
「いつもの一句が出るかと思ってました」
「体験の女性なので、どうかと思いまして。では、ご期待に応えて古今集の読み人知らずの句から。
 いで人は ことのみぞよき 月草の
       うつし心は いろことにして
 から取りました、うつし心、でございます。
 句の意味は、人と言うものは、その時はいいことを言うけれど、ツユクサのように、どんどん本当の気持ちは変わっていくものですね。そこから、心は瞬間的に変わって本当の気持ちはわからない、現し心(うつしこころ)なのです」
 体験の女性は感激して、
「茶道って、奥深いんですね」
 と、興奮気味に感想を聞かせてくれた。
 薄茶のお点前のお稽古を終えると先生が、
「カゲロウさん、濃茶のお点前のお稽古をしましょう」
「えっ! 濃茶ですか? 四方捌きしか割稽古はしてませんけど」
「優子さん、彼にお茶入れの紐を教えてあげてください」
 と先生に指示を受けた着物をきりりと着こなした女性が、手にお茶入れを持って来て、私の前で正座をした。
 さて、初めての濃茶の割稽古の二つ目である。念願の濃茶が始まった。私の嬉しそうな顔を見て、すかさず先生が、
「よかったわねぇ。濃茶をはじめたくてはじめたくて。でも、浮かれてちゃダメよ」
 ここでまた、一波乱。それは次回ということで。

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