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俵屋宗達を小説にするまでのドキュメント!

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「俵屋宗達」を歴史小説に仕上げるまでの苦闘の日々をドキュメント!
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記事一覧

陶淵明の漢詩・采菊東籬下と後水尾天皇の二条城御幸から見えるもの……

 中国の詩人、陶淵明の詩に「飲酒」という漢詩がある。その後編の詩に興味深い場面が冒頭に描…

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歴史学者に問い合わせてくれた師匠の心意気に、感謝!

 江戸時代初期のとある高貴なお方に、千宗旦が茶会を開いて献茶した。その時の茶会記が手に入…

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再び、「不立文字」は私を奮い立たせてくれる……

 宗旦の息子の一人が大名に仕官することになった。宗旦は旅立つ息子に言葉を贈った。 「利休…

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「風神雷神図屏風」の謎が解けた……

「風神雷神図屏風」がどうして描かれたのか、その謎が、ついに解けた。あとは作者の俵屋宗達が…

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ついに宗達が、私の頭の中で人と話し始めた……

 まだ薄暗い朝の時間。駅に向かう公園の道を歩いていると近頃、私の頭の中で俵屋宗達が誰かと…

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日常と史実を時間と空間を越えて繋ぎ、生きる力を覚醒させる

 タイトルには「日常と史実を結びつけ、生きる力を覚醒させる」、そんなエッセンスを散りばめ…

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「典論」の一文に、狼狽える

「文章は経国の大業にして、不朽の盛事なり」(典論)  という文章に出くわしてしまった。 「出会った」と言うよりも、やはり「出くわしてしまった」の方が、この一文により困惑している気持ちが表されていて、しっくりと来る。  この「典論」(てんろん)という文学論は、かの三国志の偉大な武将である曹操の息子であり、魏の初代皇帝である文帝こと曹丕が、書き残した文学論である。  最初に挙げた一文の意味は、いたって素直である。読んで字の如し。 「文章は国にとって重要な事業であり、永久に朽ちるこ

新たな歴史の研究成果を、喜びと共に迎える苦しみ

 俵屋宗達に関する新しい研究の資料を読み込んでいる。お陰でエキサイティングな日々を送るこ…

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女優のお隣りで、お茶会出席の誉れ!

 先日は、茶道教室の恒例のお茶会でした。そこで、またもやらかしてしまいました。しかし、精…

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波立ち始めた砂浜に二人立ち、物語が始まった

 小説の神様か能登の御陣乗太鼓の鬼か、はたまた先祖から受け継いで来たDNAか。それとも、そ…

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実物は想像以上の情報を、与えてくれる

 俵屋宗達は頭の中でとっ散らかったままで、なかなか筆が進まない。それでも、1日として私の…

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物語自体の「世に出たい」と言う力を信じて……

 俵屋宗達の資料をあれこれと読んでいるうちに四方八方へ思考を広げすぎて、あったはずの道が…

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「風神雷神図屏風」は、友の角倉素庵への鎮魂歌だった

 本阿弥光悦の指導のもとで作られた豪華物語の本である「嵯峨本」。木活字が使われていたり、…

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「よいことと嬉しいことのみを考えておれば、そうなります」と母、お江与の方様

 徳川秀忠の五女、和子姫の入内の日が近づいて来ていた。京の御所では和子姫のための女御御殿の建設が始まっていた。その御殿の建設を任されたのは小堀遠州政一である。小堀は幕府の作事奉行であり、将軍秀忠の茶道指南役でもある。  小堀が設えた御殿の図面を和子姫と母のお江与の方様がご覧になっていた。 「小堀遠州守の設えたゆえ、立派な御殿が出来る事でしょう。私は出来たところを見ることは叶いませぬが」  とお江与の方様が和子姫に言った。 「何をそのような悲しい事を……」  そう言うと和子姫は