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きみのソラ|ショートストーリー


 北校舎の一階、窓ぎわの席に座っている彼女。僕が彼女をみつけたのは、入学してまだ間もないころだった。

 彼女のいる校舎の一階と二階は、三年生の教室になっている。僕たち一年生の教室は、彼女のいる場所から中庭をはさんだ南側にあった。この南校舎の三階の廊下を歩いていたとき、ふと視界にはいった彼女の姿。ぼんやりとした表情で、南校舎のうえの空をみつめていた。
 つぎの日も、またつぎの日も、いつみても彼女は校舎のうえの空を、ぼんやりとした顔でみつめていた。梅雨のさなかの雨の日も、やはり彼女は空をみていた。よほど空が好きなのだろう、最初のころはその程度にしか思っていなかった。

 ある日、ふと彼女の表情がきになった。好きなものを見つめるにしては、あまりにも感情がなさすぎではないだろうか。そう思ってみてしまうと、僕のなかでなにかが動きはじめた。
 いままでは廊下を利用したときにすこし気にしてみる程度だった僕が、彼女をみるために急いで廊下にでるようになった。そして窓ぎわに彼女の姿を確認すると、心なしかほっとする感覚をおぼえてしまった。

 そして彼女の観察をつづけていた僕は、ますます彼女に違和感をかんじるようになっていった。彼女をとりまく仲間たち、それは男女ともに常に特定の顔ぶれだった。しかしそのとりまきたちには、なんの不自然さもかんじることはなかった。
 中学生らしいふざけた行動や、おおげさに笑い転げるしぐさ。どれをみても年相応な彼らのなかで、彼女だけはいつも本気で笑っていないように感じた。少しのあいづちと少しの微笑み、そしてまた彼女はすぐ空に視線をもどしてしまう。

 夏休みがおわり、二学期がはじまった。僕はいそいで学校へいき、廊下から向かいの校舎をみおろした。彼女の席はやはり窓ぎわだったが、今までよりもうしろのほうの席になっていた。そして今までどおりに、視線は空へと向けられていた。
 昼休み、僕は勇気をだして中庭へとおりていった。近づく僕にはまったく気づくことなく、空をみつづけている彼女の傍へいく。

「先輩。……空、すきなんですか」

 おどろいたように視線をこちらにむけた彼女は、自分のまわりをきょろきょろと見まわした。自分以外に傍にひとがいないことを悟った彼女は、あらためて僕に向きなおして小首をかしげた。

「空? ……べつに、好きじゃないけど」

 へんなひとだと言わんばかりの表情で僕のかおをみた彼女は、立ちあがり机のよこにかけてあるかばんを抱えて教室から出て行ってしまった。
 それから僕は彼女に話しかけることはなく、ずっと三階から彼女の姿だけをみつめていた。以前とすこし違ったことは、そんな僕にたまに彼女が気づくようになったことだ。ただ気づいた瞬間に空をみるのをやめて、かばんを持ち教室をでてしまうようになった。

 卒業式の日、僕は北校舎に彼女の姿がないことに淋しさを感じた。自分も帰ろうと廊下にでて、階段のうえにひとの気配を感じた。このうえは屋上へとつづく扉しかないはず。不思議におもいながらも、ゆっくりと階段をのぼっていった。
 扉のまえのせまいスペースに、花束をもった彼女が立っていた。なんとなく見つかってはいけない気がして、思わず彼女の視界にはいらないようにと数歩さがった。

「……一緒に卒業したかったな」

 そうつぶやいた彼女は、すんすんと鼻をすすりながら泣いていた。そして自分がもらったであろう花束を、扉のまえの机のうえに静かにおいて泣きながら座りこんでしまった。
 このとき僕ははじめて気づいた。彼女は空を見ていたのではなく、この屋上のある場所をながめていたのだと。そしてここには居ない、誰かのことを想っていたのだと。

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