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短編小説集

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蕪木オリジナルの短編小説をまとめました!あとがきのあるものはあとがきも入っています。
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記事一覧

【短編小説】安かろう悪かろう(#2000字のホラー)

【短編小説】安かろう悪かろう(#2000字のホラー)

今や婚活は疎か、農家と働き手のように、ビジネスだって“マッチング“。
誰にだって、効率よくニーズの合致する相手を見つけることが出来てしまう。

まさに今、友人のケンゴに唆されて、僕はクラウドソーシングサービスの門を叩いている。
最近立ち上がったばかりの「SourcingMaster」は、先日リリースされたアプリ版の方にバグが多いらしい。
なんでもそのバグを利用して”グレー”な仕事の依頼が蔓延ってい

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【短編小説】変わった食べ方(#2000字のドラマ)

【短編小説】変わった食べ方(#2000字のドラマ)

「いただきます」

1日3回、手を合わせて、唱える。
そんな儀式をやらなくなってからもう何年経つだろうか。

いや、よく考えたら、まだたったの1年だ。
高校を卒業し、実家を出るまでは毎日のようにやっていたはず。

それがどうだ。
手を合わせるなんて小恥ずかしいし。
唱えたって誰も聞いていないし。
何なら、1日2回その機会があれば良い方で。

ここ半年くらい、まともに食事なんて取っていなかった。

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【あとがき】短編小説「自動販売機と優しい嘘」

【あとがき】短編小説「自動販売機と優しい嘘」

まずは全5話、最後まで読んでくださった貴方に感謝し申し上げます。

そもそも自分の小説を人の目に触れるところに投稿したのはnoteが初めてです。
「スキ」や「コメント」を残してくださる読者がいることに、感謝・感激しております。

今回の作品「自動販売機と優しい嘘」に関しては、2点書き記しておきたいことがあります。

初めて最後まで書き切る前に公開し始めた。

初めて伝えたいことを明確に決めずに書き

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【短編小説】自動販売機と優しい嘘5/5話

【短編小説】自動販売機と優しい嘘5/5話

小川くんと武村くんと私は、複合型商業施設の2階にある連絡通路に向かっていた。
連絡通路の先は、最寄り駅の改札前まで繋がっている。

私はこの2人と同じ方を向いて帰るので、過去に何度か一緒に帰路に就いたことがあった。
3人ともローカル線を3駅先まで乗り、一度大きな路線に乗り換える。
そこから小川くんは3駅、武村くんは4駅、私は6駅先が自宅の最寄なので、私が1番帰宅に時間がかかる。

今来た電車にすぐ

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【短編小説】自動販売機と優しい嘘4/5話

【短編小説】自動販売機と優しい嘘4/5話

結局、ボウリングの結果は散々だった。
仲間だと思っていた美玲ですら、隣のレーンで80前後のスコアを上げている。
その半分ほどしか取れていない私は、同じレーンの仲間たちに平謝りするしかなかった。

そんな私を見て、高山くんは「藤崎さん、ナイスファイト」と笑って言ってくれた。
因みに、高山くんは1ゲーム平均130くらいは記録していた。

優勝は平均スコア200超えの木下のいた5番レーンで、最下位は1番

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【短編小説】自動販売機と優しい嘘3/5話

【短編小説】自動販売機と優しい嘘3/5話

ランチ後は部活のある人もいたので、ボウリングの参加者は28人だった。
このボウリング場は、1レーン最大で6人まで登録できるようだったが、今回は2つの理由で5・5・5・5・4・4の組み合わせにした。
1つは、レーン毎の対抗戦にしたかったので、人数差をなるべく少なくするため。
もう1つは、他のお客さんの迷惑になりにくいようレーンを2つずつボックスで使うためだ。

レーン分けのくじ引きは、事前に作ってお

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【短編小説】自動販売機と優しい嘘2/5話

【短編小説】自動販売機と優しい嘘2/5話

午前で修了式が終わり、午後は待ちに待った打ち上げだ。
高校生なので、やれることなんて知れている。
近くの複合型商業施設でランチして、ボウリングして、プログラムは終了する。
その後は流れに身を任せるが、各々の夕飯までには解散することになるだろう。

私は幹事としてランチとボウリングの予約、そして女子への連絡と出欠確認をした。
ランチの店は木下のオススメのところに決めた。
木下曰く、味も雰囲気もファミ

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【短編小説】自動販売機と優しい嘘1/5話

今日、私は清水の舞台を飛び降りるつもりだ。
これまでの人生で、こんなに覚悟を決めたことがあっただろうか。
いいや、ない。
だって、人生で初めて好きな人に告白するのだから。

初恋は小学5年生の時。
相手は小1の時に同じクラスで仲の良かった男子で、小5で再び同じクラスになったことがきっかけだ。
当時はただの遊び仲間だった彼も、4年の間に少女漫画を齧った私にはひたすら眩しかった。

好きだと気づいた次

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【短編小説】奇妙な落とし物(後編)

【短編小説】奇妙な落とし物(後編)

私が妊娠したのを機に、松田家は一戸建てに引っ越すことになった。
本当は出産前に引っ越したかったが、想像以上に家探しが難航してしまい、最終的に引っ越しが完了したのは、息子の隼人が1歳の誕生日を迎える頃だった。

生まれたばかりの子どもとのマンション生活は、精神衛生上よくはなかった。
子どもが泣く度に近所迷惑になっていないかを考え、泣き止ませようと必死になっていた。
当時は、こちらがどれだけ必死になっ

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【短編小説】奇妙な落とし物(中編)

【短編小説】奇妙な落とし物(中編)

それから数日後。
近所のスーパーから戻ってマンションに着いた時、集合玄関機の前で大家さんに声をかけられた。

「松田さん、先日はタオルを拾ってくださってありがとうね。205号室の佐野さんが落とされたみたいで、問い合わせがあったよ」

上の階の人はどうやら佐野さんと言うらしい。
郵便受けに貼ってある表札代わりの札を見れば分かることだが、そういえば一度も確認したことはなかった。

「ああ、それと子ども

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【短編小説】奇妙な落とし物(前編)

【短編小説】奇妙な落とし物(前編)

このマンションの105号室に越して来て、2年が過ぎようとしていた。
にも関わらず、私たちにはまだ知らないことがあった。
上の階にどんな方が住んでいるのか、ということだ。

逆に知っていることもある。
105号室のちょうど真上である205号室には、少なくとも3人が住んでいる、ということだ。

このマンションは壁が厚いようで、両隣ともそれほどノイズはない。
一方、天井からはよく音が響いてきて、この2年

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【短編小説】紫陽花

【短編小説】紫陽花

日が長くなり、夏の気配の漂う水無月のある日の放課後のこと。
訪れた寺院の紫陽花はまさに見頃で、本堂に続く遊歩道には視界いっぱいを埋め尽くす程の数が咲いていた。

僕は毎年、この寺院の紫陽花が咲くのを楽しみにしていた。
ばあちゃんに「紫陽花は育てるのが簡単な上に手に入れやすいから、この時期に手向けるにはちょうど良い花なんだよ」と教えてもらったからだ。
おまけにこんなに美しいのだから、悪いところがまる

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【短編小説】ペトリコール

【短編小説】ペトリコール

降り注いだ雨粒は、
         道端の草花に纏う。
         土壌を湿らせる。
         アスファルトを跳ねる。
         空気中の排気ガスやほこりを包含する。
そうして巻き上げられた匂いが、何だか心地よく感じた。

そう、雨はそんなに嫌いではなかった。
傘を忘れて家を出たとして、雨に打たれながら帰路を急ぐのも悪くないと思っていた。

その日は、うんざりするような梅雨

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