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プロ入り初犠打に見る、これからの宮﨑敏郎

ついに来たか。

雨の降る横浜スタジアムの席で思った。

大丈夫かなあ。
バントは決めるんだろうけど。

2022年10月9日、2位横浜と3位阪神のセ・リーグCS1st第2戦。
1-0と横浜がリードの7回裏、先頭の4番牧秀悟がヒットで出塁する。
続く5番宮﨑敏郎が、打席でバントの構えをした。
スタンドがどよめく。
宮﨑は、2013年の初打席から2022年のレギュラーシーズン終了までの通算3666打席、ただの一度も犠打を記録したことはなかった。
ついでに、盗塁と盗塁死も記録していない。

ボールが2つ続いても、宮﨑はバントの構えだ。
スタンドはまだどよめいている。
落ち着きましょう。
やる、やらないは別として、ずっと言ってましたよ。

CSの開幕前に三浦大輔監督は佐野恵太、牧、宮﨑の主軸3人にバント練習を指示している。
「やる、やらないは別として可能性があることは(練習で)やってもらいます」。

振り返れば2月のキャンプの時点で、無死一塁で宮崎にすでに送りバントのサインを出している。
2021年の最下位から「横浜反撃」を掲げ、石井琢朗を一軍野手総合コーチに招聘した中で行われた変革の象徴のひとつとして紹介されていた。

さらに遡って一昨年末、同じく新任の鈴木尚典一軍打撃コーチも同様の趣旨を発言している。

レギュラーシーズン中は発動しなかったが、チームとしては文脈があったのだ。
だから、こちらも落ち着いて見ていられ・・・たわけではなかった。

大丈夫かなあ。
バントは決めるんだろうけど。

宮﨑は、2-0から3球目のインコースの真っ直ぐを右足を引きながらバント。
ボールはやや浮いたが一塁線に飛び、ピッチャー西純矢がグラブに納めてから宮﨑にタッチし、犠打が成立した。ベンチの選手、スタンドの横浜ファンが宮﨑を拍手で出迎える。
バントの成功よりも、この後の攻撃の心配が前に立った。性分だ。

実際のところ、悩ましい場面だった。
走者一塁時の打率が.319の宮﨑と.329のソト(バントが成功したら申告敬遠なので)、走者一二塁時の打率が.389の大和(以下、鬼)の並びだ。
強硬策もバントも、どちらもあり得る。

前日の第1戦、三冠投手青柳晃洋との相性を考慮してスタメンを外れた宮﨑とソト。
宮﨑は5回に先制の足掛かりとなるヒットを放っている。
ソトは第1戦の代打で気合の入った打撃を見せ、この日もチャンスを広げる二塁打を含め3打席連続ヒット中だった。
鬼は5回に前の2人で作ったチャンスに応えて先制タイムリーを打っている。

厳しい試合展開だった。
前日、完封負けで後がなくなった状態で先発した大貫晋一が、いつもの安定感ではなく先制されないことが課された中、見事に0封ミッションを遂行。
初回の緊張した顔つきといったらなかったし、6回の頼もしい顔つきといったらなかった。

相手先発伊藤将司から前述のとおり、前日スタメンを外れた選手の作ったチャンスをモノにして先制。
7回に訪れたピンチ、この試合は1-0で勝つと腹を括って投入した伊勢大夢が、腹を括った投球で0で切り抜けた。
その直後の追加点のチャンスの場面だった。

ここまで、ベンチと選手が嚙み合っていた。
そして、おそらく「1-0で勝つ」プランを描いて伊勢を投入しているベンチとしては、欲しいのは1点だっただろう。
また、ここで強硬して併殺などで嫌な雰囲気を残すより、ランナーを得点圏に進めて鬼に託して無得点になっても「形は作った」と前向きな雰囲気を作る方がリスクは少ない、と考えてもおかしくない。
なにより、オールスター明け以降、投手陣の頑張りと石井コーチの掲げる「勝利に結び付ける打撃」がチームの勝利に繋がっていたのは確かだった。実際にやっている選手にとって「頑張りがいがある」というのは相当結果に影響するのではないかと思う。
かつてのように、マシンガンバントで1点取った後にマシンガン継投で3点取られる、ということが今季はほぼなかった。

ぐるぐる考えながら、結局お前はどうなんだよ。
と心の中で問いかければ、この3人なら続けて打たせる方がやや得かな、とは思った。
西純矢の投球が冴えていたので1人に賭けるのは分が悪いと思ったし、なによりこの3人が好きだった。
3人がかりで西に立ち向かってほしいと思った。

しかし、球場に単身乗り込んで雨の中ポンチョと通路横の座席と一体化して目を凝らしている以上、するのは批評ではなく応援であった。
「バントは得点期待値を下げる」とかセイバーなことが言うために球場に来たわけではなかった。
だから、その後がどうか上手くいってほしい、と願いを込めた。

後のことは知らん。

こういう場面、どちらにも理屈を言える分難しい。
その難しい判断をその場で下して、結果に責任を取るのが監督だ。
宮﨑の犠打と翌日の代打藤田一也は、繋がっているような気もする。
「私は戦に勝つのは兵の強さであり、戦に負けるのは将の弱さであると固く信じている」と服部正也がルワンダ中央銀行総裁日記に記しているとおりのことを、まさしく将である監督が固く信じていれば、それでいいとは思う。

だから、ソト申告敬遠大和併殺という結果に「併殺恐れの保険バントから昨日から動けてるソト歩かせて塁詰めて長打でないの二塁の牧戻ってこれないから力んでゴロ併殺、これぞ三浦野球」などと囃し立てる気はない。
統計は長い目で見た時の話であって、目の前の試合をなんら説明するものではない。「俺は今なんだよ」。そういうことである。

ここまで書いた文章には前提としておかしなところがある。
「宮﨑がバントを成功する」ことに微塵の疑いを持っていないことだ。
試合後の監督コメントでは「うまかったですね。ナイスバントです。ベンチもグッと気持ちが1つになった」と言っていたが、おそらく、失敗のリスクはほとんど考えていなかったのではないか。
1軍公式戦でバントを記録したことが一度もないにも関わらず。
試合後、宮崎本人は「バントも頭に入っていたので、準備はできていました。しっかり決められて良かった」とコメントしている。
つくづく、この選手の下支えでなんとかチームは立っていられていた。
宮﨑というのはそういう選手なのだと思う。

昨年、宮﨑は今季の3大公約を掲げていた。

(1)全試合出場(2)初犠打(3)初盗塁。

その前の、鈴木尚典コーチの発言を意識しての発言だったはずだ。
優しい人なのだろう。
公約に掲げておけば、自分の願望とも一致する。
以前の文春野球のコラムでも、大学時代に監督から「もうちょっと自分のことを考えて野球をやれよ」って言われたり、「ノーアウト二塁で4打席あったら、全部セカンドゴロ(進塁打)を打ちたいって気持ちになっちゃう」と語っていた。

そういう選手に対して球団が「余人を持って変え難い」と判断して、昨年6年契約を提示したのは味わいのある話だった。
三塁手は比較的年齢が上になってもこなせるポジションであるということもあるだろうが、現状の打線で宮﨑が欠けたときに陥る恐慌状態を考えても、将来的には小深田大地の育成や将来的な牧のコンバートを見据えても、とにかく宮﨑が必要だと球団が考えたのかもしれない。
だとしたら、それはとてもよく分かる話だった。

投手のレベルが上がり、3割打者が減る中でも2022年も3割をキープした。
2ストライク後の打率.267と追い込まれても慌てないし、三振35より四球44の方が多い。
どんどん早くなるストレートも外角であれば問題なく捉えるし、低めを拾う技術も健在だ。浮いた変化球を引っ張り込んで仕留めることもできるし、スイングは本当に安定している。
その上で長打率.470は脚力を考慮すると十分な水準と言える。
打点50や守備指標の衰えは厳然たる事実だが、レギュラー定着から5年以上にわたって5番三塁手として成績を上げ続けるのって、相当に凄いと思う。

で、「短期決戦」であっさりプロ初のバントを決めてみせる。
器用。
そしてその器用さは、横浜ファンは知っているはずだった。

ただ、実際にバントを決めたことが、第3戦9回裏に影響した可能性もある。
あの場面でバントのサインを出さなかったベンチと、しっかり意思疎通ができていたか。
バントもあるよ、という場面で本人が「バントもあるかも」と思っているかどうかが、打席での積極性に微妙な影響が出ていたとしたら、皮肉な話だ。
もちろん、実際のところは分からないけれど。優しい人なのだろう。
なにしろ「ノーアウト二塁で4打席あったら、全部セカンドゴロ(進塁打)を打ちたいって気持ちになっちゃう」のだから。

難しいところだ。もちろん進塁意識と好球必打のバランスは作戦面で非常に重要な点だ。
進塁打の意識が犠飛や内野ゴロでの得点増に繋がり、投手陣の頑張りと噛み合って2位に食い込んだのも事実だろう。
ただ、投手陣の頑張りだけで何年も安定して試合を続けることは難しい。
だから、宮﨑ほどの技術のある選手には、そこはより積極的にヒットを狙う場面があっても良いのではないかと思う。
大学時代に監督が言ったように「もうちょっと自分のことを考えて野球をやれよ」とお伝えしたい。
進塁打ではなくヒット、なんとなれば二塁打を打って1点取ってまたノーアウト二塁で繋ぐことができるのが宮﨑なのだと、こちらは思っている。

それが、宮﨑の言う「やっぱり優勝したいですからね」に繋がるのではないかと思う。

はじめてのバントを決めた宮﨑。
だからこそ、2023年はバントでも進塁打でもない、あの外野の間を鋭く抜ける打撃でチームを引っ張る姿をもっと見たいと思う。

期待しています。

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