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老人が死ぬ前に見る幻覚感--君たちはどう生きるのか感想

宣伝ゼロという異様の宣伝方法を取った本作。

初日に見に行ってきました。ジブリファンという訳じゃないんですけど、やっぱ10年ぶりの宮崎駿監督作品ともなれば見たくもなりますよね。以下感想です。ネタバレあり。


精神分析的要素と前時代的価値観

行きて帰りし物語と言いますかね。異世界に行って、成長して帰ってくる。そんな感じですよね。死んだ母親を忘れられない少年と、新しいお母さんへの複雑な感情……。最初の、深夜に偶然少年が見てしまう、再婚相手と父親のキスシーンなんて私ビックリしましたw ジブリ映画初なんじゃないですか? あんなDLsiteの同人ASMRみたいなリップ音。明らかに性的な要素ですよね。

なんかフロイトみたいな話じゃないですか? フロイトもお母さん(再婚相手だったかな?)がクソ若くて、そこから転じて性的発達論唱えてますし。

でも何というんでしょう、この映画を支配している価値観がもの凄く古いんですよね。新しいお母さんを「お母さん」と呼ぶことで終結する話とか。或いはそもそも身重の新しいお母さんを助けなきゃというモチーフも古いし、まっくろくろすけの亜種みたいなのが人間の生まれる(赤ちゃんになる)前の魂なんだとかいうのも、ちょっとなんか水子の話に近いというか。前読んだ本の表現を借りると、胎児のフェティッシュ化を想起させられるというか。

登場人物のキーパーソンとなる女性が、自分の(元の)母親であったというのも、なんかね……母性の神格化って感じしませんか?(「いけちゃんとぼく」じゃないけど、将来の結婚相手とかでも良くないですか?)

極めつけはアレですよね、終盤の、死んだ母親(である物語の救世主的少女)から、再婚相手の母親への「良い赤ちゃんを産んでね!」いや~~~~強烈ですよねw まあ舞台が戦中だとしてもね、この発言は流石に今の世の中に合ってなくないですか? 戦中に放映しているなら良いけどさ、もう令和だぜ?(知らんけど)

1クールのアニメを2時間の映画に圧縮しようとして失敗した感

まあ多分ここがね、一番のこの映画のやらかしポイントなのかなって思うんですけど、本当訳分かんないんですよ。観た人皆訳分かんなかったと思う。宮崎駿自身も、七年かけてこの映画作って、もう訳分かんなくなってたと思う。

後半になると、前後のシーンの繋がりが無くなったりするんですよね。プラスして、積み木という謎の要素も出るんですが、これも観念的過ぎて何のメタファーなのか一切分からない。物語のミクロとマクロ両方が取っ散らかってるんですよね。

世界の均衡……崩壊……それが一組の少年少女に委ねられた……。みたいなセカイ系要素を唐突に出してきて、それが何に繋がっているのかよく分からないというか。

セカイ系
日本のマンガ、アニメ、ライトノベルなどの物語構造における特定の傾向を指す言葉。具体的には、若い男女の恋愛関係を典型とする狭小な人間関係が世界の危機や終末を左右するといった極端なファンタジーに基づく物語構造のこと

https://artscape.jp/artword/index.php/%E3%82%BB%E3%82%AB%E3%82%A4%E7%B3%BB

宮崎駿監督作品じゃなかったら、間違いなく星2.5とかなんじゃないですか。話が取っ散らかっているうえに、土台となっている価値観が超古いんですもん。

でもなんか、やっぱ悪いばっかじゃない訳ですよ、この映画。

やりたい事やってる感

とにかくね、宮崎駿のやりたい事やってる感は伝わるんですよね。作中、幾つも過去作の要素が出てくるんですよね。風立ちぬもそうでしょうし、ナウシカ、トトロ、もののけ姫、ハウルの動く城、千と千尋、紅の豚……他にもジブリファンの方なら色々気付くところがある事でしょう(私はそうじゃないので分かりませんが)。ある種宮崎駿のサービス精神かもしれませんね。まあそれにしてもちょっと出てくるモチーフに脈絡が色々と無さ過ぎて、「ネタ切れなのか?」感は拭えませんけど。

映像表現が凄すぎる

やりたい事やってるのその極地が映像表現ですね。もう妥協無しというか。

ファンタジーなので戦闘シーンがあるんですけど、超~~綺麗なんですよ。髪が炎に包まれるシーンとか、或いは剣を振り回すシーン、異世界に踏み入れるシーンとか、、、もうね、これは本当に凄い。キャラクターの身体の動かし方、モチーフの動かし方、色の選択、光の表現……全てが超一級。要所要所が訳分からんくても、この映像表現だけで二時間見る価値はあるってくらい凄いですよ。

何かさ、翻って日本のアニメ映画界、試されてますよねって思う。正直自分新海誠作品とか細田守作品苦手で、だから言うんですけど、このジブリの映像表現を超えるものが出てこない限りは、いつまでもジブリ天下が終わらないって思っちゃうんですよね。

豪勢な部屋に招かれる、みたいなシーンの時も、その部屋の表現がま~~~~凄い。落ち着いた色彩なのに全てが厳かで華美なのが伝わってくる、アニメーションから匂いや質感まで伝わってくるっていうんですか? いやこんな部屋行きて~~~みたいな。ジブリ飯表現も見事ですからね。あの超虚構的なバタージャムトーストの表現!! もうね~~~~ホントに凄い。

宮崎駿のメッセージ

「君たちはどう生きるか」ってタイトルがすべてだと思うんですけど、正直元の本自体は全く関係ないんですよね、作中出てきはしますけど。

俺はこういう風に生きてきて、今こう考えている、(それでお前らはどうするんだ)、というメッセージが超詰め込まれているのがこの映画だと思います。醜い争いが絶えない元の世界で生きていくのか、という大叔父様(あれ誰のメタファーなんですかね? 宮崎駿自身?)の質問に対して、仲間がいる、仲間と戦って世界を切り開いていくんだ、みたいな回答を主人公はする訳ですけど(安保闘争感)、超ストレートなメッセージですよね。ゴミみたいな世の中を変えていくのは(若い)お前ら自身なんやで、みたいな……。

主題歌が米津玄師さんっていうのもね、非常に示唆的ですよね。まあ私は彼の歌あんま好きじゃないんですけど(パンダヒーローは好き)、米津さんって今の10~30代の社会的コンセンサスのあるアイコンって奴じゃないですか?(違うのかしら) だから彼の歌なんじゃないんですか。

(途中後継者問題みたいな話が出てきて、宮崎吾朗さんの事考えちゃいましたけど。)

駄作とは言えない感

そういうの含めると、何かこの映画を一口に駄作っていうのは、何か違う気がするんですよね。

逆に言うとね? 逆に言うと、あの物語の取っ散らかりようも、初期衝動の詰め合わせ感すらしてくるんですよ。うわあ~~~伝えたい伝えたいうわあ~~~!! みたいなw

80目前にして作り始めた映画が、そんな初期衝動の詰め合わせみたいな映画になるって、超凄くないですか? 私の敬愛する北野武監督なんて、アウトレイジ含めて、もうそんな映画は久しく作ってなかったですよ。まあ、今年冬に新作出るらしいですけど……。

あらゆる意味で、宮崎駿って創作に憑りつかれた鬼なのかなって思いました。ハングリー精神というかね……実際は違うかもしれませんけど……。

まあ初期衝動の詰め合わせっていうのは大分良い表現で、実際には老人が死ぬ前に見る幻覚的な感じなのかもしれませんけど……。

虚構って、昔別の記事でも似たような事書きましたけどcontextualなものだと思うんです。これが宮崎駿監督作品じゃなかったら前述したとおり☆2.5くらいの作品だと思いますけど、そうじゃないし、そうじゃない(本作が10年ぶりの宮崎駿監督作品である)事が重要だと思うんです。

それは、「何を言うかより誰が言うかの方が大事」というクソ単純化した話ではなくて、この作品内容を踏まえたうえで、誰が作ったのかを踏まえることが重要だと言いたいんです。contextを排して作品を見て(厳密には無理ですけど)、次にcontextを踏まえることで、初めて見えるものがあると思うんです。個人的には。

この作品が、老人が死ぬ前に見る幻覚だとしても、この幻覚自体に味わいがあるし、更にその幻覚を虚構として成り立たせるスタジオジブリの揺るぎないアニメーション技術・ないしアニメーションに対する向き合い方(人によっては哲学と言いたくなるでしょう)、そしてその軸たる宮崎駿に天晴って奴じゃないですか。知らんけど。

まとめ:宮崎駿はやる事やった

上映中、特に中盤以降は頭抱えちゃう所が結構あったんですけど(訳分かんないので)、終わってみれば、そして一日経った今は、見て良かったなーってシンプルに思いますね。でも結局あの青い鳥はなんだったんだ?

取り敢えず今は、宮崎駿監督お疲れさまでしたっていう事と、インコと白玉みたいなキャラのぬいぐるみ販売してくださいって言いたいですね。

それではまた次の記事でお会いしましょう。