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銃・病原菌・鉄―1万3000年にわたる人類史の謎

「文明」や「文明の誕生」といった言葉には、文明をよいものとし、狩猟採集民はみじめな生活をしているという誤った印象をあたえるところがあるのではないか。人類社会の過去13000年の歴史は、よりよい幸福にむかっての進歩だったという誤った印象をあたえるところがあるのではないか---。しかしながら私は、産業かされた社会が狩猟採集の社会よりも「優れている」とは考えていない。狩猟採集生活から鉄器にもとづく国家に移行することが「進歩」だとも考えていない。その移行によって、多くの人類がより幸福になったとも考えていない。アメリカの都市とニューギニアの村落の両方で生活を送った私自身の経験から判断するならば、いわゆる文化の恵みと呼ばれるものには両面があると思う。たとえば、現代の工業化された社会で暮らす人びとは、狩猟採集民よりも優れた医療を受けられる。殺人で死ぬ確率も低い。平均寿命も長い。しかし、知人や親類縁者からの支援という面では、狩猟採集民より恵まれていない。私が、居住地域を異にする人間社会の差異について調べようと考えたのは、ある社会が他の社会よりも優れていることを示すためではない。人類社会の歴史において何が起こったのかを理解するために、これらの差異について調べようと考えたのである。

食料生産の開始時期、伝播上の障壁、そして人口規模といった3つの要因が異なることが、大陸間での技術の発達の違いにどのようにつながるかを考えた場合、事実上、北アフリカをふくむユーラシア大陸は、世界でもっとも大きな陸塊である。競合する社会の数も、世界の大陸のなかでもっとも多い。肥沃三日月地帯と中国という、食料生産の発祥地もユーラシア大陸に位置している。東西方向に横長の大陸であることから、ある地域で取り入れられた発明は、同緯度帯で同じ気候帯に位置する社会に、比較的速い速度で伝播することができた。縦方向(南北)に短く横方向に長いことは、パナマ地峡で東西に狭くなっている南北アメリカ大陸と対照的である。南北アメリカ大陸やアフリカ大陸では、厳しい生態系の障壁が大陸を分断してしまっているが、そのような障壁はユーラシア大陸には存在しない。したがって、ユーラシア大陸には、他の大陸ほど、技術が伝播するうえでの過酷な障壁が地理的にも生態系的にも存在していなかった。こうした3つの要因が作用した結果、旧石器時代以降の技術進歩がユーラシア大陸でもっとも早くはじまり、時間の経過とともに、もっとも多くの技術が蓄積されたのである。

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