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ウィッグを日常使いする話

 去年の冬からウィッグを日常使いしている。
 脱毛症や抗がん剤治療の影響によってではなく、自分の髪の毛がとにかくコンプレックスなのである。

 とにかく幼少の頃からからかいの対象だった。針金のような剛毛の天然パーマ。実際手の柔らかい部分に棘のように刺さることもある。伸ばそうとしても、ある程度伸びたら激しく縮れて肩より長く伸ばせたことがない。
 10代の半ばに摂食障害になり、栄養失調で少し髪が細くなったことがある。それ以降、少しだけ癖が治ったように思うが、それでも前髪などは特に一定の長さを超えたらあらゆる方向に弧を描き始める。それも針金のような形状記憶加減で。
 縮毛矯正や高価なシャンプーやヘアアイロンやとにかくいろいろなことを試したが、次第に髪の毛の状態を良くすることを諦めるようになった。一度短くするともう伸ばす気などなくなり、前髪だけでもなんとかヘアアイロンで毎朝矯正しながら、一生剛毛ぐるぐるのショートカットで生きていくものだと思っていた。

 そんな私の中にウィッグという選択肢が芽生えたのは、様々なYouTuberさんの影響である。
 偶然見かけた、個性的なコーデを組んでいくショート動画。彼女達はその日出かける場所や目的、スタバの新作フラペチーノや今見ているアニメの推しキャラクターをコンセプトやイメージとして、自由に、軽やかに、クローゼットの中からアイテムを着回していく。私には思いもつかない組み合わせで、尖っていてふんわりしていて優雅でシルエットが綺麗で華やかなコーデを次々組んでいった。自分がそういうふうなコーディネートを試すか否かということはどうでもよく、アートを見るようにその着こなしが完成していく過程を楽しんで見ていた。
 その中で出てきたのがまさにウィッグである。ネモフィラ色のストレートのロングウィッグ。不思議と肌馴染みがよく、そのまま出掛けても、目は引いても違和感がないような。実際、動画の中の女性も普段から、服装に合わせて髪色や髪型をウィッグでコーディネートしているようだった。
 やっぱりおしゃれな子はこういうのも使いこなせるんだなあ。そう思って何となく見ていたが、じわじわと違和感が湧いてきた。私の中にウィッグに対する偏見というか、固定観念があることに気づいたのである。
 それまで私にとってウィッグとは、専らコスプレや演劇や舞台、もしくは医療目的でのウィッグ、という認識だった。というか、それ以外の場面でウィッグを被ることはなんというか、「日常に相応しくない」みたいな感覚があったのだ。「おしゃれをするのにそこまでするのは大袈裟」みたいな気持ちがあったのかも知れない。
 でも全然そんなことはなかった。服を着替えるように、髪型を変えてもいいのだ。好きな服を着るように、好きに髪型を選んでもいい。生まれ持っての針金のような髪だけが選択肢ではなかった。

 私は夢中で、スマートフォンで「普段使い ウィッグ」というワードを検索した。いくつかのサイトがヒットした。色や長さは様々、値段もピンキリ、安いものは約4000円から、上は数万円するものまで。レビューを見ると、抗がん剤治療の副作用のため、脱毛症のため、気分転換のため、さまざまな用途でウィッグを使う人達がいた。そして、服を一着買うくらいの値段で、悩みに悩んで私は選び抜いたウィッグをひとつ注文した。前髪が真ん中分けの、長めのショートヘア。前髪が丸まって大抵の場合持ち上がってしまう私にはまずできない髪型だった。
 数日後には無事手に取ることができた。カラーに違和感がある場合、ネットから未開封であれば無料で交換してくれるそうなので、薄い保護用ネット上から色味を確認した。コーヒーとミルクティーの中間のような色で、根元が色濃く、いわゆる「プリン状」になっていた。注文通りの予想通りの色だったので、仕事の疲れも忘れてメイク道具片手にウィッグを被った。初めは被り慣れず、いかにも「ウィッグを被っている」という違和感があったが、自分の輪郭とウィッグの毛流れの和解を試み続けて、なんとか自分の髪らしくなった。生涯二度目くらいのスマホのインカメラ機能を使い、いろいろな角度から自撮りをした。自分の髪の手触りがいいことが本当に新鮮で、嬉しかった。ただウィッグを使うという選択肢が増えたに過ぎないが、それだけで誇らしかった。経験値が五億くらい上がった気がした。
 その一ヶ月後、今度はもう少し明るい色のセミロングのウィッグを注文した。やはり服を買うのと同じくらいの値段。そして被ってみて驚いた。長い髪、めちゃくちゃ邪魔だった。俯くと顔の横に暖簾状に覆い被さってくる。髪長い人の世界ってこんななの!?そして、ウィッグゆえの性質もあるだろうけど、それにしても細い髪の毛、絡まり過ぎる。私はずっと細くて繊細な髪が憧れだった。でもこんなに絡まるの!?めちゃくちゃ大変では!?
 小学生の頃、友達に天然パーマが羨ましいと言われ、不貞腐れたことがあった。私は彼女のストレートヘアーが羨ましかった。今でも真っ直ぐな髪へのその憧れは尽きない。しかし、ストレートヘアーの人にはストレートヘアーの人なりの苦労があるんだろう。絡まった毛先をウィッグ用のブラシで解きほぐしながら、経験値がまた上がったことを感じた。
 
 それから、主に最初に買ったウィッグを休日使いしながら、たまに、奇跡的にいい感じに髪の毛がくるくるしている日はヘアアイロンを使わずに、ワックスをつけて過ごしている。ウィッグを使うようになってから、髪色との兼ね合いゆえに化粧品も増えてしまい、財布の紐が緩みがちになってしまったが、まあ今が一番若いんだから、という言い訳を剣に当社比攻めの姿勢をとっている。
 「欲しい=正義」。七海龍水も言っている。

 今度美容院に行ったらベリーショートにしようと思う。そうしたらちょっとボーイッシュ目な、サラサラのショートカットのウィッグを買おう。
 そして、日常を彩るために個性的アイテムを着回しする女性達の動画を見て、季節を乗り越えていきたい。