スペイン語こばなし(4): スペイン語と英語の "cacofonía"

«Cacofonía» española y «cacophony» inglesa



今回のテーマは、"cacofonía" という単語。この語を知らない方 (筆者もつい先日まで聞いた事すらなかった) は、すぐに辞書へと手を伸ばす前に、次の文例からどのような意味なのか推測してみてほしい。

いずれも、最近のスペインの新聞 (ウェブサイト) から引用したものだ。

1) La cacofonía en Unidas Podemos se ponía de relieve este miércoles con el ministro de Consumo, Alberto Garzón, abriéndose a pactar los Presupuestos con Ciudadanos […].

«訳»
1) 今週水曜日、消費省の大臣アルベルト・ガルソンが、シウダダーノスとの予算案の合意へと舵を切ったことによって、ポデモス内部の cacofonía は顕著なものとなりつつあった。 [1]
※「シウダダーノス」は現在の野党第二党の名前。「ポデモス」は連立与党の一つ。
2) […] estas orquestas tan poco altruistas proliferan como setas y son acompañadas por espectadores enfadados […], así como de manifestaciones políticas y ciudadanas […], creando una cacofonía insufrible.

«訳»
2) それほどまでに他人への配慮を欠いたこのようなオーケストラが、あたかもキノコのように増殖し、さらには、憤慨した見物人達や様々な政治的・市民活動的デモ団体がそれらのオーケストラを取り巻き、耐えがたい cacofonía を生み出している。 [2]

何となくではあるが、「混乱」「騒然」などの意味が当てはまりそうだと推測がつくだろう。少なくとも、ネガティブでうるさそうなイメージだということは察しがつく。


実は英語にも、この "cacofonía" に対応する語がある。オックスフォードの西英辞典には (やや簡潔すぎる気もするが) 、

cacofonía  f. cacophony   [3]

と記述がある。

この "cacophony" という語を英英辞典で引いてみると、

ca-coph-o-ny /kəˈkɒfəni $ kəˈkɑː-/  n [singular] a loud unpleasant mixture of sounds

«訳»
cacophony (名) (単) 大きくて不快な音の組み合わせ   [4]

とある。この「不快な音」、あるいは少し比喩的に「不協和音」という訳語であれば、上の記事 1) 2) にも当てはまるだろう。


ところが、実際の文例をさらに見てみると、"cacofonía" が明らかに異なる意味で使われている例が散見される。

3) […] la Sra. González Laya se olvidó de la soberanía soberana, perdonen la cacofonía, pero se ha inventado la «soberanía fiscal», […].

«訳»
3) ゴンサレス・ラジャ氏は、「主権を行使する主権」(私の cacofonía をお許しいただきたい) については忘れ去り、そして「財政上の主権」なるものをでっち上げたのだ。 [5]
4) El pronombre 'se' sustituye a las formas 'le'/'les' cuando les sigue otro pronombre complemento que comience por 'l-', para evitar la cacofonía […].

«訳»
4) le や les という語の後ろに l から始まる目的格代名詞が続くときには、cacofonía を避けるために、代名詞 se がその le あるいは les に取って代わる。 [6]

3) は同じくスペインの新聞記事の一節から引用したもの。4) は、スペイン語学習者にはお馴染みの「間接目的語の le, les が se に変わる (例: les+los → se los)」現象について、文法書の説明を引用したものである。

ここでの "cacofonía" の意味は、「同じ音や似た語の連続」のような意味であろう。実際、小学館の西和中辞典を見てみると、

ca・co・fo・ní・a
(女) (言) 不快音調. → Dales las lilas a las niñas. における l 音の反復など.   [7]

と、丁寧に実例まで示してあり、「同じ音の連続」の話であることが分かる。


従って、以上の2タイプの例を総合すると、この "cacofonía" という単語は、「不協和音 (= 1, 2 の例)」と「同じ音 (= 3, 4)」という正反対のような意味を持つ語である、と言えるように思われる。


ところが、この考えに異を唱える指摘がある。Luisa Fernanda Lasque は、英語の "cacophony" とスペイン語の "cacofonía" との関係について、

Ambas palabras tienen el mismo origen griego, “malsonante”, “sonido desagradable”. Lo que sucede es que el significado de “cacofonía” evolucionó de forma tal que [注a] está restringido a la disonancia entre palabras, mientras que CACOPHONY mantiene la idea de “malsonante”, pero aplica el concepto con mayor amplitud […]. Entonces, suena raro y fuera de lo esperado encontrar la palabra “cacofonía” aplicada a “los ruidos que hacen los seres humanos”.

«訳»
どちらの語の起源も「耳障り」「不快な音」というギリシャ語にある。しかし、(スペイン語では) "cacofonía" の語義が変化し、「単語の間での不協和音」という意味に制限されるようになった。一方、(英語の) "cacophony" は「耳障りな」という意味を維持し、その概念がより広く適用されるようになったのである。従って、"cacofonía" という単語を「人間の起こす騒音」に用いるのは奇妙であり、期待されるべき用法ではない。 [8]

と述べている。

つまり、スペイン語の "cacofonía" はあくまでも「単語の間」の不協和音という意味であり、この単語を「人間の起こす騒音」の意味で用いるのは、英語的でふさわしくない、と指摘しているのである[注b]。

この指摘に従えば、「単語の間での不協和音」を "cacofonía" とする 3) 4) の例で見た用法が正しく、「人間の起こす騒音」に用いた 1) 2) の例は「誤用」だ、ということになるだろう。


一方で、1) や 2) の記事が存在すること自体が、現代スペイン語では日常的に "cacofonía" が英語と同じ意味で用いられている、ということの証拠にもなる。

実際、VOX[注c] の Diccionario de uso (実際の言語使用を重視した辞書) では、

cacofonía  n. f. Efecto acústico desagradable que resulta de la combinación de sonidos poco armónicos o de la repetición exagerada de un mismo sonido en una frase.

«訳»
cacofonía (名) (女) 調和のとれない複数の音が重なることによって、あるいは、一文の中で同じ音が過度に繰り返されることによって生じる、不快な音響現象。 [9]

と定義されており、単語や文での話に加えて、英語的な意味も併記されている。こういった点を踏まえると、英語的用法を安易に「誤り」と断罪するのも考えものであろう。


このように、言葉の何をもって「正しい」「誤り」と判断するのかは、想像以上に難しい問題である。はじめは「誤り」とされていた意味でも、その意味が普及することで、やがては「正しい」意味と逆転してしまうことすら十分にあり得る。

いずれにせよ、スペイン語学習者の私たちとしては、どちらの意味も覚えておくしかない。結局のところ、いくらスペイン語に専念したところで、迫り来る英語化の波を避けることはできないのだ。



参考文献
※ウェブ文献の閲覧は全て2020年6月15日。引用部中の強調・改行は一部改変。付した訳は拙訳。

[1] Gil, Iván. 2020, 4 June. “La carta de Cs para negociar los PGE divide al sector de Unidas Podemos en el Gobierno”. El Confidencial〔リンク〕. 
[2] Bermejo Martín, Fernando. 2020, 28 May. “Como la orquesta del Titanic”. Hoy〔リンク〕.
[3] Cacofonía. 2001. In Spanish-English Dictionary: Diccionario español-inglés (2 ed.). Oxford.
[4] Cacophony. 2009[2012]. In Longman Dictionary of Contemporary English. Pearson.
[5] Carrascal, 2020, 7 June. José María. “Victoria pírrica”. ABC〔リンク〕.
[6] Maneiro Vidal, Manuel. 2008. Gramática práctica del español actual: Primer curso. Lulu.
[7] Cacofonía. 2007. In 西和中辞典 (電子辞書). 小学館.
[8] Lasque, Luisa Fernanda. Diccionario crítico Lassaque de falsos cognados inglés-castellano rioplatense. Ediciones Summa Cum Laude, p.71〔リンク〕.
[9] Cacofonía. 2002. In Diccionario de uso del español de América y España. Vox.


[a] "de tal forma (modo) que…" の語順として考えた方が訳しやすいように思われる。
[b] Real Academia の辞書 (DRAE) にも、この「単語の間」の不協和音を指す語義しか載っていない。
[c] スペインの語学辞書ブランド。同名のスペイン極右政党とは何も関係ない。


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