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それってパクリじゃないですか?~小説編(後編)

先日書いた「それパク」の読書感想文、後編です。実は1巻も2巻も購入しましたが、2巻は少しマニアックな題材も扱っているので、わかりやすい1巻より。


0004~著作権法及び特許出願


こちらの話は、月夜野の期待の新商品である「カメレオンティー」販売が、目前となった会議の場面から始まります。
企画部長である坂東ばんどうが「カメレオンティーの広告にピッタリ」と見つけてきた写真を、後出しで知財部に権利の確認を取ろうとしたもの。
著作権者(撮影者)から許可を取っていれば何ら問題はないのですが、ネットから坂東が適当に拾ってきたことが問題となります。
ゴリ押ししようとする坂東に対し、亜季&北脇は、直接著作権者から写真を提供してもらい、坂東の法的不備を指摘しました。北脇は、「使用範囲や期間をはっきり提示し交渉する必要がある」と指摘しています。

そうなんです。現実世界でも「ネットから拾った写真・画像」を引用ではなく、適当に使っているのを見かけますが、法的にはNGです。
ちゃんと「引用元」(もしくはコピーライトの明示)を示すか、自分自身の作品を使いましょう。

実は、小説とドラマでは展開が異なります。小説では坂東が渋々折れますが、ドラマでは著作権者から月夜野ドリンクが高額のライセンス使用料を提示されて、問題になりました。
もっとも、著作権者(写真の撮影者)には「月夜野ドリンクのボトルと同じデザインのボトルを無断で販売していた」という弱みがあったことを、北脇は突き止めていました。(意匠権の侵害)
これを交渉材料として、「クロスライセンス契約」を締結し、月夜野ドリンクは無料で問題の写真を使用できることになります。

怒るハナモさん

ところで、これでメデタシメデタシ……とはいきませんでした。販促イベントのためにSNSをチェックしていた社員が、とあるイラストレーターの「怒りの投稿」を見つけます。
投稿主は、かつて月夜野ドリンクの販促(『夏の月星茶』)のノベルティ(ノート)に使われた「月夜ウサギ」のイラストの著作権者、「ハナモ」さんでした。

彼女が問題としたのは、元の月夜ウサギは夜空の背景とキャラがセットになっていた、というものです。これが、「カメレオンティー」の試飲会で配られたノートでは、白地に月夜ウサギだけが切り取られたものとなっていたのでした。
ハナモさんは「月夜野ドリンクのために描いたキャラが勝手に新商品の販促に改変二次利用された。説明なし。ギャラなし。もう二度と仕事しない。月夜野ドリンクの飲料も買わない」という、過激な投稿をしていました。

双方の認識のズレ

問題の所在は、そもそも最初に結んだ「請負契約」の認識にズレがあったことです。

まず、ハナモさんの認識は以下のものです。

• 昨年の『夏の星月茶』に関してのみイラスト使用契約を締結した。
• 新たに月夜野ドリンクが当該イラストを利用する場合には、追加ギャラが必要。

これに対して、月夜野ドリンク(北脇)側の認識は、以下のようなものです。
• ハナモが翻案権や二次的著作物に関する権利を自分が保持していると、契約を間違って解釈している
• 月夜野ドリンクとハナモの請負契約においては、本来作者が譲渡出来ない著作者人格権に関しても不行使を作者自身が約束している
• できれば二次利用前に、一言連絡しておくべきだった。
• 契約を結んだ後も、説明が不十分だった可能性がある

<私見>
• ハナモは自分の権利を全面的に守りたいならば、使用ごとに確認を取る契約を締結するべきだった。
• 著作者人格権(原作者の名において各種権利を行使する権利)についても、安易に不行使を認めるべきではなかった。
……というのが、私の私見です。これは、私も各種コンテストの参加資格及び入賞作品の扱いについて目を通していますから、割と双方に非があったかなあ、という印象を持ちました。
とは言え、私も相手が大手企業ならともかく、個人事業主などであれば、結構強気に出ると思います。間違っても、著作者人格権の不行使は認めないでしょう。

もっとも、この説明をハナモさんが聞いてすぐに納得してくれたわけではありません。さらに、以下のような主張を重ねました。

• 自分の絵が人気で販促になるから使っているだけ
• ハナモが個人事業主だから買い叩いてうまい汁を吸っている
• せっかく頑張って描いたのに、自分のものでなくなる
• 何も言えないように、全部の権利を持っていかれた

<私見>
個人的には、ハナモさんの怒りの方がよく分かるんですよね。なので、自分がイラストをお願いする際(「鬼と天狗のイラストです」)には、コピーライトの明記はもちろんのこと、改変も避けました。(実は、改変許可まで出ていますが、齟齬が生じるのを避けるため)
個人的も、この話は非常に参考になった次第です。

また、ドラマにはなかった亜季の腹案として、次のような思案がありました。
• 請負契約の改定
• 次からは改変NGにする
• 今回限りで使用停止にしても構わないが、投稿の取り下げだけは何とか同意してもらいたい
亜季の人柄がよくわかる思案です。

結局、ハナモさんが納得したのは、亜季が拙いながらも一生懸命に描き続けている「ムツ君」(ハリネズミのオリジナルキャラ)を、ハナモさんの目の前で描いて見せて、クリエイターとしての共感と誠意を示したからでした。

そして、この件で一件落着したかに見えたのですが……。

北脇の判断ミス?

ハナモとの和解を手土産に帰社した亜季を待っていたのは、思いがけない事態でした。

それは、月夜野ドリンクのライバル会社である「ハッピースマイルビバレッジ(以下HS)」がカメレオンティーに使われているのと全く同じ技術を特許申請し、カメレオンティーの販売の中止及び裁判の予告の警告書が送られてきたというものでした。
実はハナモさんとの交渉の席には北脇も同席する予定だったのですが、この件で急遽出張を停止。亜季が単独で交渉に臨むことになった次第です。

警告書の具体的内容は、以下のようなものです。

• 開発番号0116番(カメレオンティー)に使用されているのと同じ技術を、HSが特許出願し、登録される見込みである
• 0116はHSの特許権侵害となるため、カメレオンティーの発売中止を求める
• 中止しない場合は、補償金の支払いを請求する

さて、なぜ皆が北脇を責めるのか。

それは、北脇が「0116について敢えて特許出願をしない」選択をしていたからでした。

<北脇の戦略>
もっとも、これは北脇にもれっきとした理由があります。
本来、特許というのは陣取り合戦のようなもの。早く出願した方が、原則有利になります。
ですが、「特許は諸刃の剣」でもあります。

カメレオンティーの当初の製法では、色は綺麗に変わるものの味が落ちるため「製品化は難しい」と言われていました。それが、原材料の添加順を工夫すると飲み味が大幅に変わることが発見され、カメレオンティーの製品化・事業化の決め手となりました。

その技術が「特許」申請することによって、無事審査を通過・登録されたとしましょう。
特許法の関係上20年は権利が守られますが、特許は公知されるので、研究されるリスクもあるのです。
公知された内容を元に誰かが改良発明することまでは、妨げられません。

「特許が諸刃の剣」というのは、そういうことです。そのため、「技術を保有していることをライバルに知らせないため」に、北脇は敢えて0116の特許出願を行わなかったのでした。

0005~特許権・冒認出願

この「カメレオンティー」の販売中止の責任を取って、北脇は本社へ返されることになります。知財部に残された亜季や熊井は、無念の色を隠せません。
そこで、亜季は独自に北脇の無実を証明しようと動き出します。

実は、開発部長の高梨もHSの「発明」については、疑問を呈していました。
いくらなんでもタイミングが良すぎる。月夜野ドリンクから何らかの形で技術が流出し、それを元に「特許出願」がされたのではないか――。

いわゆる、「冒認ぼうにん出願」。
当然、違法です

先に述べたように、0116の「味覚改善」のキモは、原料を混ぜる順番にありました。月夜野ドリンクでも何年もかけた研究の成果として辿り着いたのであり、短期間でこの可能性に到達するのは不可能です。

<ドラマ版補足>
この点は、ドラマでも「裁判」の中で北脇からHS側の発明者に対する審問の中で、突っ込まれていました。
さらに、北脇はHSの発明者の研究専門領域が、通常は果汁飲料であるにも関わらず、なぜ急に異分野である「お茶」の研究開発及び特許出願を行ったのか、その点も突っ込んでいましたね。
私もその点はよく分かる感覚です。例えば、普段「専門でもないのに」、後ろ暗さを持っていそうな人物が急に「法律論」を語りだしたら、やはり何らかの疑惑を持ちます。大抵、感情論に終始しており論理破綻しているオチつきですけれど。

ライセンスそのものを利用したかっただけ?

少し本筋から外れますが、「カメレオンティー」の基礎特許は月夜野ドリンクが、製品化必須の特許はHSが所持している状態です。両者が何らの形で手打ちにするか、協力しないと、「カメレオンティー」も「HSの特許使用品」の製品化は不可能です。
このことから、HSはそもそも製品化・事業化するだけではなく、単に権利を囲い込んでライセンス料目的で月夜野ドリンクに喧嘩をふっかけてきたのではないか?という疑惑も持ち上がりました。

この派生系は「パテント・トロール」という形で、小説では第2巻の最後に登場する「総合企画株式会社」、ドラマでは中盤(話数は失念)に出てくるので、こちらも続編の書籍販売を楽しみにしています。

さて、北脇の無念を晴らすべく、亜季たちは特許に必要な「新規性」の否定材料探しに奔走します。
※新規性が否定されれば、HSの特許出願は阻止できます。
ですが、そう簡単に見つかるわけがありません。結局、北脇は月夜野ドリンクへの出向を解かれ、本社に返されます。

突破口

北脇が去った後も、諦めずに何とか北脇の名誉回復の材料を見つけようと奮闘する亜季。
そんなある日、亜季が偶然目にしたのは男女の痴話喧嘩でした。
小説では「駅の新幹線改札口」が舞台ですが、ドラマでは「ゆみ(亜季の親友)のカフェ」でしたね。ですが大筋は一緒で、「こんな大事になるとは思わなかったの」と泣く彼女を、男が宥めます。
すわ、不倫の修羅場か?という場面ですが、その男の声&姿に見覚えのある亜季。

男は、月夜野ドリンクの総務部社員である「五木いつき耕司」でした。そして、亜季の開発部時代の先輩であるさやかから、五木の彼女の名前を教えてもらいます。
ドラマではややマイルドに書かれていますが、実は、五木は彼女持ちなのに亜季と二股をかけようとしていた、下衆でした(苦笑)。
それはさておき(良くないですが)、この彼女の名前が……

篠山瑞生。

その名前に、亜季は見覚えがありました。実は、HSの「発明者」として、彼女の名前を目にしていたのです。

ただしルビがないために、亜季はともかく上司であった北脇までが、発明者は「しのやまみずお」という男性だと思いこんでいたのです。

※この下りは、作品冒頭の「北脇雅美」さんと対になっていてユニークですね(笑)。

ですが、正しい読み方は「ささやまみずき」。なので、ドラマでは彼女が北脇の追求に対して泣きながら審問を受け、HSのライバル弁理士が慌てて彼女を庇う場面も見られました。

そして、ここから「情報漏洩」及び「冒認出願」の真相が暴かれていくのですが……。

ちなみに、情報漏洩の「物的証拠」の発見についても、あちこちで「事務」を担当してきたワタクシも、思わずニンマリ(笑)。
何らかの「情報」を扱っている会社においては、コピー機とPCのネットワークがつながっていてログはすべて記録されているケースがほとんどですし、監視カメラが設置されている企業も珍しくありません。

Epilogue


というわけで、さすがに最後の結末は「読んでお楽しみ」に取っておきます。
ただし、五木もその彼女も「ちょっとした出来心」でコトを起こしたにも関わらず、その結果はやはり重大でした。

※ドラマでも小説でも出てきませんでしたが、この場合、HSも篠山に対して求償権きゅうしょうけん(損害賠償の一種)を有するかなあ?とも感じました。

私も、noteでこの手の問題と対峙したこともあり、なかなか興味深い作品です。
恐らく、「パクリ」をする側は「たかがこれくらいのことで」という、本当に軽い動機で手を出すのでしょう。親告罪という性質も、それに拍車をかけているのかもしれません。
ただし、何度も繰り返し書いていることですが、やはり安易なパクリは自分の首を締めかねません。ビクつきながら手を出すくらいだったら、たとえ拙い技術だとしても、自分の手で生み出したものの方がよほど価値がありまし、万が一発覚した場合、「クリエイターとしての名前」は地に落ちます。「パクリエイター」なんていう造語も出ているくらいですしね。
そこから信用を再び得るまでの労力を考えたら、私は「パクリ」に手を出そうとは思わないです。

とにかく、私が「今イチオシする最近の小説を上げろ」と言われたら、間違いなくこの作品です。
作品自体も文庫での発売でお手軽に購入しやすいので、ぜひ読んでみてくださいませ!
理系の知識がなくても、ホントに「クリエイター」のためになる作品です。

おまけ
ちなみに、他に「弁理士」が登場する作品としては、池井戸潤氏の「下町ロケット」もおすすめです。
特に第1巻では「特許のイロハ」について凄腕の弁護士(実は弁理士からの知財のエキスパート)の先生が、詳しく解説していますよ。

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