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小話「スターダスト・トロイメライ」


1。
僕は旅をしている。
みんなみんな気持ちが悪いから。僕の世界を僕が創るために宇宙を旅している。
りゆうなんて、あってないようなもので、お父さんとお母さんは反抗期なんだって言っていた。
先生からは大人の準備をしなさいって言われた。
なんなんだろう、このモヤモヤは。映画も漫画も小説も誰も味方してくれなかった。友達なんていないさ。周りの大人は聞いての通り。
だから旅に出た。本当の目的なんて見つからないまま。
僕は色んな惑星に降りて、色んな宇宙人と話した。

初めはピンクの液体で覆われている惑星。
そこのみんなは僕らと違ってひとつしか目がなくて、液体の振動の周波数で会話をしていた。ヒレがたくさんあって僕はとてもお腹が空いた。
僕は行動力はあるけど頭が悪いから、母語以外の言葉はわからない。
彼らはなんて言っていたかわからないけど、たぶん、酷い言葉をずっと言われていたと思う。彼らのまなざしは、どこか学校の雰囲気ととても似ていたから。
液体がピンクなのは、昔ここの惑星で戦争があって、その時に殉死した戦士たちの血が溶けて薄まったからなんだって。
そんなの、嘘に決まっているよ、ファンタジーじゃないんだから。
歴史は書き換えられるんだよ、いいようにね。信じる信じないんじゃなくて、植え付けられている。疑問という概念がないように感じた。
ここのやつらは気持ちが悪い。だからここからは離れた。

次に行ったのは、黄色い霧に覆われている惑星。なんだか変な匂いがした。ヘルメットをかぶっているのにね。
そこの宇宙人は、うん。
ずっとヘラヘラしてた。言葉がわからない僕に、食べ物を用意してくれたり、踊りを見せてくれたり、優しくしてくれたけど、なんだか薄気味悪かったんだ。
みんなメガネのようなゴーグルをしていたなあ。同族には怒鳴ったり殴ったり平気でしてた。たぶん。
僕の先生に似てた。
だから僕はまた離れた。

僕はたくさんの惑星に降りた。

たくさんの宇宙人と話した。

だけど僕の心はどんどん黒くなって今にも消えたくなっていた。
どこにも、僕の居場所はないんじゃないかって思ってしまったんだ。
どこにいっても僕は独りだ。何をしてもうまくいかない。

涙が出そうになった。
目の前が涙でぼやけて、宇宙船のハンドルが見えにくくなった。
僕は本当にダメなやつだ。
ハンドルの誤作動を起こして、予定の道順から大きく逸れてしまった。
そして、危険惑星とされている「ちきゅう」という惑星に不時着してしまった。

「ちきゅう」はとても有名だ。
教科書にも載っていた。僕らの身体の構造的に、「ちきゅう」に覆われている「くうき」に触れると、身体が溶けてしまうんだって。死んでしまうらしいんだ。
しかも危ない生物もいるらしい。毎日のように戦争をして毎日のように人が死ぬ。誰もが見て見ぬふりをして。
気にする人がいてもそこには偽善の心しかないとか、先生は言っていたけどね。僕はそんなのは信じていない。主観って言葉を僕の周りの大人は知らないんだ。
身体が溶けちゃうのは怖いけど!

不時着したところは偶然にも建物がない山の頂だった。周りの被害は少ないようだけど、宇宙船は壊れてしまった。どうしよう。このまま溶けて死んでしまう…
とりあえず見渡すとそこには植物がたくさんあって、色んな色があった。
上を見上げると白い点がたくさん…赤や青もあるなあ。とても光っている。
下を見下ろすとと、近くの惑星がよく見えて、視界が色んな色がチカチカして移り変わって、キラキラしていて、僕はあの日のことを思い出した。
宝箱の中にいるみたいだった。僕の星と似ている。

ここにいてはいけない。

わかっていた。
でも、この惑星は、美しすぎたんだ。

「kdjhdcud…?」

どうしよう、話しかけられている。

声が出なかった。そいつの手にはよくわからない武器らしきものを持っていた。僕を殺そうとしているんだ。

おどおどしていると、そいつは僕の壊れた宇宙船に腰掛けて、持っていた武器を担ぎ出した。
僕が逃げようとした瞬間。

ぼくは、何かわからない見てはいけないものを見てしまった。

武器の先端から、ふつふつとかわいらしいビーム?を出しながら、音を出している。
ぽろん、ぽろん、じゃっ、じゃっ、
僕は立ち止まった。

僕は、もう一度確かめるように思った。

この惑星は美しい、と。

何もできずにいる僕を見て、そいつは手招きしてきた。
「ここにすわりなよ」
そう感じた。

だめだ、近づいてはいけない。殺されるかも。
そんな思考はもうなかった。呪われたかのように僕はその女の子の隣に座った。
女の子かなんてわからなかったけど、そう思いたかった。

おんなのこは、また音を出した。何かを話している。それも音に合わせて。

「♫ jdhcnudidh…(カシオペアは海の星に溶けて―)」
「♩ hdybryusu…(波が私を攫っていって―)」

僕は、その音をもっと大きく聞いてみたくなった。
僕は、その武器から出ているビームに触れて見たくなった。

だから、ぼくは、宇宙服を脱いだ。

この音を僕は聞いたことがない。何か規則的に鳴っているようだ。何かもわからないのに僕の心臓は鳴り止まない。
初めてだ。こんなこと。
ビームはとても温かった。優しい匂いがした。ふわふわしていて、でも硬い芯がある。ずっと触っていたくなった。

呼吸ができない。皮膚が溶けていく。

おんなのこはこんな僕を怖がらずに、ずっと音を出していた。
学校のあいつらとは違う、柔らかくて…泣き出してしまいそうに輝いていた。

「♬ uiagauh…(この世界があなたの優しさだけなら―)」
「♪ hbdtin…(どれほど美しかったのだろう―)」

僕は今どんな姿なのだろう。
きっと、目を覆いたくなるような醜い姿なんだろうな。

じゃーん…


音が鳴り止まった。

おんなのこは僕を見ている。
宇宙の終わりが今、僕にきた。
そんなことを気にもしないように女の子は僕の頭を撫でた。
女の子の指も溶けていく。
僕らは、もう何も気にしてないはず。そうであってほしい。

僕が旅をしていた理由。
それはきっと、君に出会うためだったんだろう。
こんなに心が揺さぶられてドキドキするのは初めてだ。
ここまで、とっても遠かったなあ。君のいる星だけ見えずらい所にあったみたいなんだ。
言葉も想いも届かなくて、人生の道上に君がいるはずがなくても、僕は君に会うために生まれてきたのかもしれない。大袈裟なんかじゃない。
そう思うほどにこの音が美しかった。

僕は、さっき女の子が出していた音を真似て、声を出してみた。

女の子は笑っていた。

わかっているよ、もう未来なんてない。
それでもよかった。最期に「ちきゅう」で君とこの景色を見れたから。


「fiuygjsk」


僕は溶けた。



2。
今夜もギターを担いであの山へ行く。
毎日やるせない日々。そんな中、私の希望だった大好きなあのバンドが急に解散発表。
絶望の淵で汚くてもいいからなんとか今を輝かしたくていつも通りギターを弾こうと思った。
東京だから行けなかったなあ最後のライブ。急に解散だなんて。今まで私があなたたちに向けた、声援も熱意もチケット代も、最終的にはあんな曖昧で淡い薄い言葉で片付けられてしまうのね。はあ、もうこの世界全てを呪ってやるぞ、なんて気分。
だからこそ、今日はそのバンドの中でも一番大好きな曲を弾こうと思う。この気持ちはどこまでも届くはずって、あなたたちから学んだから。
地球が割れたとしてもきっと君を迎えに行くよ、なんていう歌詞。信じてたのに。もう、泣きそうだ。この涙を誤魔化したくて、レモンを想像した。
私にはあのバンドしかなかったんだ。
ボーカルのあの人のことが好きで好きで好きで、たまらなかった。ずっと追いかけていたのに。

今日は字のまんま、清夏だった。入道雲はずっと大きい。私が幼かった頃からずっと大きい。
綺麗な星たちを一つずつ潰すようにして石段を上がり、山道を登っていた。

途中、
大きな音がした。

静まり返る私だけの夜は、私の憎しみと悔しさと悲しさしか蠢いていなかったのに、突如、何かが落ちてきたような轟音が頭に響いた。
猪なんかが出て誰かが銃を撃ってるのかもと思ったりして、帰ろうと足を止めてみたけれど、なんだか雰囲気が違う。
急いで走って登ると―。

変な人がいる。
目を合わせてはいけないタイプの人がいる。
いや、そもそもにんげんかどうかも怪しい。
宇宙服のようなものを着ていて、隣には昔NASAのホームページでみた新型の宇宙船のような、大きい鉄の塊がぐちゃぐちゃになって硬くなっていた。

よくわからないけれど、感情も情緒も取り留めもなく変化してて疲れていた私は、なんだかおもしろくなって笑いが込み上げてきた。私も変な人だ。
街の灯りで光っている夜空を眺めているその宇宙人は、なんだかライブ中のあの人の目と凄く似ていた。
私が人の海の中で溺れて、照明に照らされてるあの人の手を握りたくて腕を上げて、一緒に歌を歌ったあの時間が、今も同じように流れていた。
目が慣れてきて、さらに宇宙人の顔をよく見ると、なんと目が3つあった。そのうちの一つはサファイアみたいに青くキラキラしていた。
私は不思議と怖くなかった。
綺麗だ、と思う余裕さえあった。


「ねえ、あなたはだれ?」


話しかけてみた。
私らしくない。
多分、男の子だろう。
そう思いたかった。
時間に酔うとはこういうことなんだな。
彼は怯えたような表情をしながら後退りした。けれど、なぜか私の目から視線を離さなかった。私も外らせなかった。
まるで野良猫のようだ。話せないのか?
こちらに危害を与えなさそうだし、顔も可愛らしいし、ファンタジーのようなハプニングに高揚していた私は、ギターを持って、宇宙船に座った。形が歪だったけれど、ちょうど座ったところが私の身体にフィットして気持ちよく座れた。

すると、私を煽るように宇宙船全体が優しく、ゆっくり光った。
ライブが開演する時と同じ胸の高鳴りを感じてこれは歌うしかないな!って勝手に思った。
君にならこの歌の良さ、伝わると思うんだ。

ポロンポロン、ジャーンジャーン…。

青い肌をしている彼は随分遠くから私とギターを、顔を真っ赤にしてじっと見ていた。
だから、手招きをした。
私の隣に座りなよ、と。

「カシオペアは海の星に溶けて〜♬」
「波が私を攫っていって〜♩」

この歌は特別だ。
そうあの日。

眠れなくてなんとなく、普段は聞かないラジオを付けたらたまたま音楽番組が放送されてて、この曲が流れてきた。私の小さい6畳の部屋が大きな宇宙になって、あなたの歌声が、遠いとおい手の届かない場所から私の頭で響いているのだけど、なんだかとても近くにいるようだった。眠れなくて寂しい思いをしていたのだから余計に近くに感じた。私とあなた、それぞれの感情同士が電話しているようで、私の胸はありえないほどドキドキしていた。
もっと眠れなくなった。
でも、窓を開けて聞こえる鈴虫の音色が心地よくて普通に過ごせなくてよかったなって、夜ってこんなにも静かで気持ちいいんだって初めて思えて嬉しかった。
私の全てが初めて外に吸い込まれて消えていった。なんだか寂しかったけど、この気持ちはこの曲があるところまで届いてるんだろうなって直感したからなんてことなかった。
音楽だけが私の魂で、呪いで、恋、性春だったんだ。

ねえ、あなたにも届いてるかな。

彼は空に手を当てていた。手というより、漫画でみたような触手みたいにぬるぬる動いている。
身体が溶けているように見えた。
どうでもよかった。

「この世界があなたの優しさだけなら―♫」
「どれほど美しかったのだろう―♪」

できるだけ、小さい子に向けて歌うように、はっきりと、私が持っている優しさを全て乗せて歌った。
音の変化が伝わりやすいように一音一音を意識して、ゆっくり弦を弾いた。

ジャーン…
と、最後のギターの音色が、バケツの一番目の部屋に深い群青色の絵の具が溶けていくように、濁って消えた。曲が終わった。
相変わらず下手だ。
彼はここにいてはいけない人なんだ、と思った。
ぐちゃぐちゃのそれは、優しくて繊細すぎるがあまりに消えていく炎のようで、不思議と、当たり前に柔らかく見えたからだ。

なんで君は来てしまったの?君も世界が終わってしまったの?

私は男の子の頭を撫でた。
私の指が熱くなって、どんどん溶けていた。
君は私を迎えに来てくれたのかもしれない。
そう思えた。
そう思ったら、その溶けていく醜い姿がとても愛おしく思えてしまった。
君はきっと、私に会うためにここに来たんでしょう?、なんて、ありきたりなjポップの歌詞のよつなことまで思った。
きっと、いつもより夜が静かなんだからだと思う。

男の子は、さっきの歌のメロディーを真似するように音を出した。
私は笑った。だって、とってもあの人の声に似ていたから。


「あなた、私の好きな人に似てるわね。」


そう、声に出した。


男の子はいなくなっていた。


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