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小話「あたりまえにおはよって言って」

夜に起こった物語です。

世界を壊そうと思った。
真っ黒な心臓とこの部屋は唯一の味方だと思っていたのに、もう戻りたくない。前を向きたくないんだ。
涙が枯れるのを待つ余裕はなくて、結局のこったのは、眠剤とノイズ音。耳元で何かがゴーンキラキラキュイーンと鳴っている。
ヘッドホンから音漏れしているあの頃の主題歌はもう、小さすぎて何を言っているか聞き取れない。
私に月光が刺す。

ああ。お月様。あなたのところまで連れていってほしいの。私は光に照らされたことがないのよ。光に当たると熱くて青色の液体が身体のいたるところから溢れ出してしまうんだ。私はもう、ダメなのかしら。ねえお月様。あなたはお日様に照らされ、地球の回転で姿が変わるわね。一番お気に入りの衣装はなんなの?

「そうだね、僕は満月かな。オムライスみたいな満月の日が一番気分が上がるんだ。君の顔も、よおく見えるしね。
それはそうと、君は僕のところまで来る手段はあるのかい?チケットは持っているかい?ナミダノケッショウていうカードが必要なのさ。迎えにいけないからね。」

あら、そんなチケットは知らないわ。どうすれば手に入れられるのかしら…

「あ!君、チケットを持っているじゃないか!ポケットを見てご覧。涙の形をした紙があるだろう。それを持って次の満月の日、夜空を見て月を探して、今までで一番君の心を揺さぶった歌を口ずさんで待っていておくれ。僕が必ず迎えにいくからね。」

お月様!良かった。ナミダノケッショウは私、持っていたのね。チケットのことはわかったわ。次の満月の日にすることもね。
でもね、お月様。あなたはどんな姿なの?人間なの?星なの?それとも…宇宙人なのかしら…。
何者が迎えに来るのか心配で不安になるよ。

「僕はお月様さ。惑星・月としてだけでは肉眼で見れないだろう?お日様の光の反射しているんだ。そんなことは君も知っているね。反射し続けることで君が僕を見つけられるようにずっと光っているのさ。でもそれは着ぐるみの話。
核の中に僕という生命が生きていて、とある機械に乗って君を迎えにいくよ。とってもかっこいいんだ!すぐわかるはず。何も不安に思うことは無いんだよ。」
「君の所に居る時、お月様は無くなるのかって?心配ないさ。月は被り物。中の者が僕ってワケだから代わりはいくらでもいる。なんか寂しいけどね、夜を創る月でさえ代わりがいるなんて。お月様は夜に住む地球人の味方だから、彼らを独りぽっちにするはずがないよ。」

次の満月の日、私は歌を歌った。

“瞳の中にお星さま
反射して心にうつっていながら空をみて
おかえりと 繋がりを求めた
さようなら わたしのともだちたち
青と紫と赤のグラデーションのなかに アイスクリームが溶けていたから
お腹に流し込んでねましょ
指先が冷たいな 息ができなくて ピントが合わない
新しくできた遊園地でも
お馴染みの遊具に乗っておしゃべりするの
そんな時間を想像して
今宵、ふたりの尊さ とじこめた“

細い声が切れないようにあなたとわたしを繋ぐ線がきれないように歌った。ポッケにあった涙型のカードを持って空を見ていた。

大きな鉄の塊が私の視界の中で暴れて、止まって、ピントが合った。

私は何のためにお月様に行きたかったのだろう。今更そんなことを考え始めて、めんどくさくなってため息をついた。
静かな春の夜。自由は不自由を拘束して殺していた。ただただその光景を見つめることしかできなかった私は今、生きようとしている。見てみぬふりをしたんだ。枕の中でなみだを流した。私はどこにも行けない、だから、一番光っていて、みんなが見ているお月様の元に行きたかったんだろうな。

「やあ、初めましてだね。月にいこうか。でも、そんな気分じゃないような顔をしているね。」

初めまして。そうなの。私はどこでも良かったのよ。ここじゃないどこかならどこでもよかった。少しの吟味さえしていなかったのよ。バカだよね。せっかく飛んでいけるチャンスがあるのに、また日和って自分を否定して、悩み始めてしまった。

「そうなんだね。じゃあ、少し散歩をしようか。空をとべるのだから、どこまでも行こうよ。今夜は曇って空が灰色だけど、色んな話をしようよ。言葉は時に空間に色を付ける、そう思うから。」

それはいいね。私は私のことを理解できない。一番の理解者であってほしいのに。それがとても怖いんだ。
ここから連れ出してほしい。

私たちは灰色の夜空を散歩した。
大きいビルの上、畑と田んぼの囲碁板の上。雲を食べてみた。すぐに消えて無くなった。
星が近かった。触ってたらすぐ溶けちゃった。もしかしたら星じゃなかったのかもしれないけど。指先が冷たくなった。
嫌いなあの子の家の上を通る。何も怖くないよ。
大きな星を掴んだ。青くて黒くて色彩がとても綺麗だけど、光沢がない。石のようだけど、ところところにピカッと光る瞳が見えるような気がして、親近感が湧いた。
私たちは色んな話をした。
この星たちは君と、君がこれからで出会うだろう人のものなんだと。なにそれ?と私はわらった。涙が出た。
私の家に帰ってきた時、あなたは何者なのか改めて聞いた。

「僕はお月様の中に住んでいる妖精だよ。あ。そういえば。
君はそのまま、生きていて。いなくならないでほしい。
これから出会うあの人からそう伝えてって伝言を受けたんだった。
僕もそう思うよ。どうかここに居てよ。」

そんな言葉、無責任だよ。お月様に住みたいわ。あんなにキラキラして温かそうな場所、他に知らないから。

「いいかい?ここに居続けるんだ。
ここにいる君はこんなに真っ暗な世界で黒い空気を吸いながら黒い涙を流すことしかできないのかもしれない。でもここにいることに君だけが得られる、素敵な意義があるんだ。ここから自分で部屋を片付けるんだ。
大丈夫、お月様が光を差して手伝ってくれるはずだからね。壊そうとしていたのは自分の守りたかった気持ちなんだろう?大切だから、いっその事、無くしてしまう方が楽なんでしょう。ちがうかな…。
腕を出して。傷口を月光で温めてみたんだ。
君は君のままでいて。
君を照らす光が温かいものでありますように。」

心にふわふわと黄色い液体が浸透していく。

もういちど。もう一度。


目が覚めた。
なんだ夢だったのか。
薬を開けたゴミ。電源がつけっぱなしのヘッドホン。しずく型の紙と温かい左腕。
私は今のまま生きれるだろうか。この世界を見続けれるだろうか。
汚い涙が目ヤニになって結晶のみたいになっていた。ティッシュでぽいと捨てる。ああ、まだ眠いなあ。
だいじょうぶなんだろう。こんな日常があるからあんな夢を見れたんだ。ずっとこの状態が続くのは苦しいけれど、私は生きている。
色んなことを実感して、悲しくなって、身体を自由に動かすことができる。
私は、未来のために生きない。
生きるというのは『生まれた』ことに対する副産物にすぎないのだから、明日に私をつなげるだけでいいじゃないか。

そんなことをふわーーと考えて、カーテンを開けた。
今日も安定に曇りだ。でも、少し散歩でもしようと思う。


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