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静かな場所

「唯ちゃんずるい」という騒音がとっくに止んでいることに気が付いたのは、
龍神山という山を登っている最中だった。


だから「絶対今も思われてるわ」と思うのは、
私の妄想。
思い出してやな気分になってるのは単に記憶に囚われてる証拠。
もう全部現実じゃなくなってる。
過去のことを頭の中で掘り起こす作業を私が永遠にやめてないだけ。

だってリアルは静まり返ってるから。

現場で働くのがしんどいんじゃない。
現場に女一人なのがしんどいんじゃない。
それは外側の人の安直な想像で、実際には人間どもがうるさくて相当しんどい。
つまりはただのあるあるで、林業も現場も関係ない、山社会も下界もどこの社会にも起こるふつーのこと。




小1から付き合いのあるまり子(仮名)が和歌山に遊びにきた時、
「唯ちゃんの周りには常に嫉妬でのたうち回ってる人がおるの、逆にすごいな。唯ちゃんは嫉妬ホイホイやな!!」
といった。

人ってほんま負けず嫌いよなとは常々思っていたが、まり子からみると私の周りに局所的に群がって見えるらしい。

「ていうかすぐ見下されんのよな。ナメられてるっていうか。
自分より格下やと思ってたやつがちょっといいこと起こっただけで不公平やとか言いだして暴れ回ってくる」

「見下すっていうか、唯ちゃんがいいもの持ってるのに大したことないって、何にもなかったみたいな顔して見えるのが腹立つっていうのは、あると思うで!」

そんなん言われても……と思ってまり子のピンク色のネイルを見つめていた。

結局まり子は
「ずるいっていうな! うらやましいって素直にいえ!!!!」と結論を出し、

「私は唯ちゃんのいちばんの友だちって言われたい!」と訴え、
私に「いや、いちばんとか別にない」と言われ、「でも、そういうところが好き!!!」と言って帰っていった。

素直ってすげぇな、こんなわかりやすくて、こんなかわいいことってあるだろうか、
人間って年取るごとにまじで素直さ失っていくよな、と思いながら見送った。


私がずるいと言われるのが嫌なのは、
入れ替わり立ち替わり違う人があまりにも似たようなことを言ってくるので、くどくてうんざりしているからだが、
「女でずるい」、「( 先ぱい、先生、上司から)可愛がられてずるい」、「女を使っててずるい」、「そんなに可愛くないのに得してるのはずるい」というこれまでのずるいシリーズにはどれも、
「もしかしてもしかすると、本当は私が悪いんだろうか」と思うところがあったからだ。

「私は、一体ずるいのだろうか」
それを自分で試し、問い続けた。


私もそれからかなり歳をとった。

そして、ずるくないことにした。

具体的に何かエピソードがあったわけでも、発見したわけでもなく、つまりずるくない理由があるのではなく、私はずるくないですと決めた。

だって私は頑張ってるから。
私はすごくないし、偉くないし、誇れるものはないけど、
私ができうる、私としての最大値はささやかにこの世に提出していると思う。今は仕事という形で社会に参加して、しあわせに生きているわけだし。


私自身は人にいいなーと思うことがあっても、
影でどれほど努力しているのか、何があっていいなと思われるようになったのか、
想像する力が全くないので、想像する力がないくせに羨ましいと思うのは不当なので発言は控えるようにしている。
想像力が壊滅的に欠如していることは恥ずかしいことだ。

人の努力を換算することもできないバカに、人を羨ましがる権利などない。

みんなにも私にもいろんなことがあった、何層にも重なった「自己」をいちいち説明することなど、エッセーの中だけで十分だ。
現実のおしゃべりなんかでわざわざやりたくない。

その人が思ったのが高山唯でもうけっこうだ。
ずるいと思うなら一生いってればいい。
だからあんたらは一生ダメなんだよ。

ブツブツ思っていたらいつのまにか頂上にいた。

しんどかったような、なんかあんまりしんどくなかったような、けど地味に長かったし、一回滑って転んだ。
なんで私は毎日山で働いて滑って転んでるのに、登山に行っても滑って転ぶんだろう。

曇っていて向こうのほうの景色はボヤけてよく見えない。

いくらボヤけていようが、山と世界の境目が私は好きだ。
それに「稜線」という名前が付けられていることを知って私は驚いた。
なら稜線が好きだ。


山を歩くのも好きだ。
私という意識がどんどん外に吸い寄せられていく。
足元が悪かったら、否が応でも外の世界に集中できる。
いったん出たら戻ったときに、ほんの少しだけさっきより落ち着いていることがある。
それをひたすら繰り返す。
考えごとは物理的に止まってしない。
歩きながらする。


山を降りても、騒音は止んでいた。

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