書きながら自己ジャッジされませんように
こんにちは、流香です。
書きたいこと、お伝えさせていただきたいことが溢れすぎて、数年前もつい先日も「下書きだけで千個ある」と書きましたが。
いまだに、まったく追いつかずで、書いても書いても逆に増えて「一体いつになったらラクになれるのかな…」と少し途方に暮れています。
箱の中には、日々降りてくるメッセージを瞬殺で書きつづった、チラシや紙ナフキン、レシート等いろんなものが入っておりまして笑
出先でも書きつづった、ノートが上に数十冊。
そして、それらを一部ワードファイル化したのがこちら。
以前もアップしましたが、まだほんとうに追いつかず、note下書きも貯まる一方で「誰か代わりに書いて」と思うことも、しょっちゅうです。
そして早ければ、来月~春には5冊目のKindle本を書き上げられそうなのですが、またこちらも渋滞中。汗
そして、まさに「編集」という自己ジャッジも今回で5回目で、noteでは「書いて自己受容/自己愛を」とお伝えしているものの、
いざとなると、自分が自己ジャッジのゾーンに入ってしまいます…
でも、「伝える」。
それは、ナゾに湧いてくる使命というより天命というよりパッションに近いもの。
でもそこを生きるのに、そこを生きようとしている自分に、自分で「そこがダメだ」「ここもまだまだ」と厳しく批判してしまうような時って、ありませんか?
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わたしは、まだまだ道半ば。
それをわかっているからこそ、今回も超えたいのですが「別に超えなくても?」「別にいいんじゃない?」とも囁いてくる。
でそうして、人は、わたしたちはいつでも「書くことを自分でストップ」させられるという道も、同時に生きているのですよね。
でも、そうした体験も幾度となく過ごしているからこそ、やっぱり「書いて」「もっと自分を好きになって」「自分にOKを出して、ほんらいの自分をもっと自由に生きよう」ともお伝えしたくなるのですよね。
書くと、自分に繋がれる。
これはほんとう。
でもその手前で、「どうせ」「わたしなんて」と筆も生きるのも止まってしまいがちなわたしたちだからこそ、
「あなたにも影響力はある」そして
「影響を受ける側」でなく「与える側」になっていこうと、どんどん自分の殻をとってリーダーシップもとっていける人が増えたなら幸いです。
「自分だけ」でなく「みんな」で、そして ラクに幸せになってまいりましょう。
(追伸.先日ある記事がnoteマガジンでピックアップされていました。
本当かな…?笑
以前何かのミスだったこともあるので、今度はミスでありませんように。
でもふしぎと、織物の記事は正式にピックアップされるなど、意外と関係ないところで評価されるのも、おもしろいものです笑)
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