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悠々自適・・・なのかな

しなければならない事や、この歳になると早くしておかなければならない事など、幾つもあるのに、いつの間にかまた1ヶ月が過ぎてしまった。こういう、いささか世間と離れた存在となり、心の欲するままに怠惰な時間を過ごしながらも、何事もなくさしさわりの起きないさまを、悠々自適とでもいうのだろう。

動いてもさざ波さえ起こらず、生きていようが死んでいようが、存在さえ気にもならない。人人中に在りながらも、なお深山幽谷の世界に遊ぶように、まさに優遊たる日々は、怠惰とか自堕落とかよりも、羨ましがられるほどの悠々自適といえるのかもしれない。


朝から、早朝から起きて、雨音を聞きながらCDを聞いていた。
ブラックではない、甘いコーヒーなど飲みながら、考え事をしていた。


この曲を、特に岩崎宏美の「駅 with 大江千里」と「黄昏のビギン with 大江千里」を聞いてると、蒲田駅の雑踏や池上線の改札口前が浮かんでくる。決して似てないのに、昔の高円寺駅や駅周辺の下町のような商店街と、その露地を入った狭い木造二階の下宿や、そんな汚い建物に似つかわしくない部屋と先輩。そこへと繋がっていく。

「黄昏のビギン」などは、渋谷駅前のことも思い出す。駒込駅も渋谷駅も、半世紀も前のあの時が最初で最後の一度きりなのに、今でも鮮明に思い出す。もうあの頃の街の佇まいなど微塵もないだろう。


為なければならない事がある、などと少々の焦りというスパイスで、今日も雨音を聞きながらムダな時間を過ごすのだろう。


周囲から大反対と忠告を受けながらも、流されるように結婚をした27歳。それまでに幾つもの事が起きたわずかな時間、その前後のことがハッキリしない。

23歳で母という大事な存在を喪った事。もしかしたらと勝手に思い込んでいた、白くて華奢な身体の先輩が、変わり果てた、全く変わってしまった姿形で戻ってきて、事故とも自殺とも聞いたのに思い出せない、顔も見ることも出来ない別れ。誰かに頼りたいときに出合えた、ズッと年上の人との別れ。本当の妹のように、いつも側で下らない話をして励ましてくれていたのに、突然姿を消してしまった子。

あの頃に、何がどういう順で起きたのか、どの様に収まったのか、記憶が定かではない。もしかしたら、自分の人生で最も大事な時間であったのかもしれないのに・・・。

そういう風に悩みながらも、周囲の人達に見守られながら一人暮らしになり、深い深い山奥の廃寺の縁側に横になりながら、ノンビリと猫と横になっている想いだ。こういう気持ちの心持ちを、自分の欲するままに心静かに暮らしている、「悠々自適」とでもいうのだろう。










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