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人生の答え合わせの場所


結婚式ラッシュって皆さんありましたか?

26歳の私は絶賛、第一次結婚ラッシュ。
この半年で3回行った。ご祝儀貧乏もいいところだ。

主題じゃないけど、キャッシュレス生活で銀行どころか現金にすら縁がない生活してるせいか、新札がなかなか用意できず、「まあ同じ諭吉には変わりないし、気にせんか」とピン札で勘弁していただいた(マナー的には良くないんだろうけど…)

3回行った結婚式のうち、2回は高校の同級生だった。
2人とも学生時代から付き合ったお相手と結婚したから、新郎のこともよく知っていた。

高校から約10年ほどの付き合いになる友人が結婚するっていうのは、もう本当に感慨深かった。
それはそれは花嫁姿が綺麗だし、2人の馴れ初めなんてもう映画1本作れるぐらいで、見事に涙腺が崩壊した。

本当に幸せな気持ちになったと同時に、結婚式ってこれまでの人生の答え合わせみたいだなとふと思った。

会場を埋め尽くすたくさんの友人。
幼馴染から、中高大それぞれの段階の友人や部活の仲間、会社の同僚や先輩。
祝電を打ってくれる、よく名の知れた会社。
プロフィールムービーに出しても恥ずかしくない幼少期の写真。
2人それぞれだった人生が交差して、ひとつの道を歩むに至った出会いのきっかけ。紆余曲折の経緯。
2人が出会った・付き合った、思い出の場所。
今日に至るまでの、長い時間の中で撮った2人の写真。
そして、たくさんの愛情を注いでくれたであろう、両親や祖父母、兄弟姉妹。

親から愛され、友人に恵まれ、隣には生涯をともにしたいと思った相手がいる。

当たり前のことのようで、それってとてもむずかしいことだとおもう。新郎新婦片方だけでなく、2人ともがそうなのだ、そんなの確率的にさらに難しい。

まだ第一次結婚ラッシュだから、学生時代からの付き合いの長いカップルが結婚するパターンが多いから、そう感じるのかもしれない。

それでも、式のひとつひとつが、人生の正解を見せつけられてるみたいで、眩しくて仕方なかった。別に人生に正解も不正解もないんだけどさ、なんかやっぱり私が結婚したい人間だから、いいな、羨ましいなって思うんだよ。

きっとこうして、周りの人からたくさんの愛情を注がれて、素直に正直に育った人たちだからこそ、学生時代に素敵な人を見つけて、喧嘩をしても別れることなく、その相手と結婚をしているのだろう。
2人の生い立ちや性格を見て、そう確信した。

式からの帰りの電車でふと、彼女たちとわたしは、何が違ったのだろう、と考えた。

私も親からはたくさんの愛情を受けた。今でも頻繁に帰省するぐらい大好きだし感謝している。
友人だって、少ないながらも狭く深い付き合いの人たちが何人かいる。

なのに、生涯を共にする相手だけがいない。

彼女たちが将来を共にしたいと思った人と出会い、向き合い、関係を育んでいく間、わたしは「まあ大学に行けば」「まあ就職すれば」と出会いを楽観視して、おこがましくも高い理想を持ち、自分の趣味ばかりに没頭して、何も行動してこなかった。

気づけば「まあいつか」と思っていた年齢はすぎて、結婚していると思っていた年齢に差し掛かっていた。

そして彼女たちが、同棲、婚約、親への挨拶と人生のステップを進めている間、マッチングアプリを開いては「いい人がいない」と文句ばかり垂れていた。

テンプレ化している趣味や昔の話を、毎回違う男性にしながら、1〜2回会った男性を「なんか違う」と切り捨てていた。

「もっと自然に出会いたい」なんて言いながら、自然に出会う努力も特にしていなかった。

10代後半からのたった10年、だけどその後の人生を決めるにはとても重要な10年。
その過ごし方の違いを、あらためて彼女たちの結婚式で再認識させられた。

……自分で書きながらものすごく惨めになってきたので、このあたりでやめておきますが。

人の結婚式に行ったときぐらい、自分の何の面白みもない人生のことは忘れて、幸せな気持ちのまま余韻に浸っていたいのになあ。
厄介な性格のせいで、どうしても振り返ってしまうんだよなあ。

ウェディングドレスを着た友人は、世界で1番綺麗だった。

ちなみに、同級生のひとりは新郎新婦ともに日本トップレベルの大学出身だったんだけど、参列者がみんな美男美女でびっくりした。

いわゆるハイスペと呼ばれる方々は、男女問わず頭いい&仕事できるだけじゃなくて、ガチで顔やスタイルが整ってるんだなって実感した。
そらこんな完璧な人たち、アプリになんていないわ。
普通に生活してれば嫌でも彼氏彼女ができるわ。

天は二物も三物も与える。
慈悲もクソもないな。

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