見出し画像

ふたりの次世代エースが担う未来:日向坂46 6thシングル「ってか」

日向坂46の6枚目シングル「ってか」が10月27日にいよいよリリースされる。センターは初起用の金村美玖。齊藤京子をセンターに予想する声も多かっただけに、今回の抜擢は若干の驚きをもって受け止められたが、多くのファンの予想をいい意味で裏切る、あたらしい日向坂のセンター像を彼女は作り上げた。本作は「金村美玖のシングル」と言っても過言ではない。このnoteでは、表題曲「ってか」から「アディショナルタイム」まで全ての収録曲をおさらいする。また、それを踏まえて日向坂46の現在地を考えてみよう。

センターの魅力を最大限に引き出す表題曲:「ってか」

「ってか」のMVが公開されたときにも書いた通り、金村美玖が6枚目シングルのセンターに抜擢されるのは、正直僕も予測していなかった。おそらく先輩グループである乃木坂46が思い切った世代交代を行い、櫻坂46が二期生を中心としたリブランディングを展開する中で、日向坂46にも「新しい顔」が求められたのだろう。アリーナツアーの全国巡業や年末年始の歌番組を控えるタイミングで、小坂菜緒の長期離脱が決まったことも判断に影響したかもしれない。金村美玖の起用には明らかに「次世代エースの育成」という裏テーマがある。そして、彼女はその期待に見事に答えたのだ。

「ってか」は、これまでの初恋をうたったキャッチーなアイドルソング路線からかじを切り、ボカロ曲(というよりYOASOBI)の要素を取り入れた、クールな楽曲に仕上がっている。そして、この曲はほかの表題曲に比べても「センター・金村美玖」への当て書き的要素が多いのだ。「可愛いから好きになったなんて 全然ぴんとこないのよ」というサビのフレーズは日向坂46のディスコグラフィーへの自己言及であると同時に、切れ長の目で少年的なカッコよさも兼ね備えたセンター・金村美玖のビジュアルを想起させる。パフォーマンスは最初から最後までセンターだけが動き続ける構成だ。「CDTVライブ!ライブ!」のフルサイズパフォーマンスを確認してもらえばわかるが、渡邉美穂らがソロダンスをする間奏パートでも、金村美玖だけはひたすら踊り続けている。だれがセンターかわからないぐらい頻繁にフォーメーションが入れ替わる「君しか勝たん」とは対照的だ(CRE8BOY公式YouTubeの解説動画いわく、これは加藤史帆たっての要望らしいが)。空色を中心に組み立てたMVの演出やプリッツの華やかなドレス、激しいダンスを売りにしたパフォーマンスも、金村美玖がセンター候補に名乗りを上げる契機となった「青春の馬」のエッセンスであろう。「ってか」は金村美玖を「次世代エース」に育てるため、彼女の魅力を最大限に引き出すテクニックを詰め込んだ作品なのである。

ここまで金村美玖を軸に「ってか」を考えたが(僕の「贔屓」なので、主観が入りまくっている)、当然、この曲は「日向坂46とは?」を考える上でも重要な作品だ。僕が注目しているのは「逆風に立ち向かう姿」である。これはMV考察のnoteでも指摘している。戦隊モノを彷彿とさせる本作のMVは、街を襲うアイスクリーム型の怪獣に日向坂のメンバーが立ち向かう様が描かれる。そして、彼女たちは「逆風」に押し流されそうになりながらも、手を取り合って勝利を掴み取るのだ。ここで重要なのは日向坂はけっして一人では戦わないということである。センターの金村美玖が躓いても、先輩の「としきょん(加藤史帆と齊藤京子)」が手を取り助けてくれる。先月発売された「日向坂新聞」によると、経験豊富な一期生のふたりはフロントの骨格を担うシンメとして、センターに立つ後輩の小坂菜緒や金村美玖を意識的に支えているようだ。そしてこの「逆風」は去年から日向坂46に立ちふさがる世界的な災厄のメタファーと言えるだろう。すべての人びとの仕事や生活が打撃を被るこの非常事態に於いて、日向坂46はつねに「逆風」に立ち向かう、明るい希望であり続けてきた。「ってか」のMVは、この一年半の彼女たちの軌跡を描いているのだ。

「ってか」は、「逆風に立ち向かう姿」というグループのフィロソフィーを継承しつつ、金村美玖のセンター抜擢や清涼感あふれるクールなサウンドの導入により、日向坂46の新しい一面を引き出している。この手の表題曲はあくまでワンポイントリリーフであり、次作以降はまた「明るく楽しい王道アイドルソング」に回帰する可能性は高いものの、僕はこの路線を支持したい。MV解禁で聴いたときは、ひさびさに慣れや補正無しで良いと思える表題曲がやってきたと思った。MVもカッコよさの中にメンバーの可愛らしさが詰まっている。これでジャケ写さえ良ければ完ぺきだったのだけれど…。とにかく、日向坂46はまだいろいろな可能性を秘めていて、これからも僕たちを驚かせてくれるに違いないと確信するには、十分な内容だった。


対照的な全体カップリング曲:「アディショナルタイム」と「思いがけないダブルレインボー」

金村美玖センターのカップリング曲「アディショナルタイム」は、表題曲「ってか」に並んでお気に入りの作品だ。音楽的な知識がないのでうまく言語化できないのだけれど、イントロから(これまでの日向坂46の楽曲では)聴いたことがないサウンドが流れる。Aメロのユニゾンの使い方も珍しい。そもそもユニゾンを取り入れたのも「君に話しておきたいこと」ぐらいだろう。Bメロやラスサビ(Dメロ)は一部の人が指摘するように民謡調のメロディで、どことなく米津玄師の楽曲を連想させる。サビの「Oh oh oh oh〜」は「アディショナルタイム」のタイトル通り、サッカーを意識しているのだろう。全体的に攻めつつもちゃんと日向坂46の作品になっているし、MVもタイアップもないカップリングにとどめておくのが勿体ない完成度だ。先日の「余計な事までやりましょう」で渡邉美穂が完成品をはじめて聴いて大興奮する様が放送されていたが、あのリアクションも納得だった。しかし、系統はどことなく「ってか」と被っている。おそらく金村美玖センターの楽曲としてオーダーされ、表題曲を「ってか」と争った末に競り負けてカップリング収録になったのではと思う。仮にこの曲を一年ぐらい寝かして表題曲に回しても「ってか」と似てるねと云われて終わりなので、ここで世に出しておくのが最適解だったのかもしれない。

一方、おなじく金村美玖センターの全体カップリング曲「思いがけないダブルレインボー」はオーソドックスなアイドルソングに仕上がっている。「ダブルレインボー」というワードチョイスに「フライングゲット」や「フォーチュンクッキー」など耳馴染みのないカタカナ語で楽曲に味付けした秋元康らしいセンスだ。ただ、全体的にAKB48やその地方支店のテイストが色濃く反映されており、いまこの時点で日向坂46がうたうべき歌だとはあまり思わない。「アディショナルタイム」が最近の楽曲の中でも攻めていたのに比べると、正直、インパクトは薄いと思う。とはいえ、シングル収録曲がぜんぶ「ってか」や「アディショナルタイム」のようにコーナーギリギリでドリフトする冒険曲だと疲れてしまうので、こういうお新香的な気休めも必要なのかもしれない(好きな人ごめんなさい)。

みーぱんファミリー✕フォークソング:「酸っぱい自己嫌悪」


https://youtu.be/eDupOQ6Dc9g

次にユニット曲たちを考えていこう。みーぱんファミリー(佐々木美玲、河田陽菜、濱岸ひより、山口陽世)によるユニット曲「酸っぱい自己嫌悪」は、フォークソング風のやさしいメロディが耳に心地よい作品だ。ことしの三月の「春の大ユニット祭り!」で発表されたものの、5thシングルでは完全にスルーされたので、しばらく音源化はないのかと思っていた。ところで、佐々木美玲はとてもふしぎな魅力の持ち主だと思う。ふだんバラエティ番組で見せるキャラクターは「陽」そのものであり、日向坂を代表する「天然」なのに、一度スイッチを入れて「表現者」のモードに入ると、途端にダークでメランコリックなオーラをまとってしまう。欅坂46(ひらがなけやき)の少年的なカッコよさを継承する数少ないメンバーなのだ。正直、どうしてみーぱんファミリーで失恋ソングなんだと思わなくもなかったけど、胸に傷を抱えつつ笑顔で前を向く姿を、切なく情感たっぷりに歌い上げる佐々木美玲には、どうしたって引き込まれてしまう。そして、河田陽菜の脆く儚い雰囲気も、濱岸ひよりのひとつ成長した大人っぽさも、山口陽世のおっとりした可愛らしさも、すべて楽曲の世界観にマッチしている。なによりすばらしいのが映画風のMVだ。秋元康による失恋ソングを、遠く離れたかつての同級生との友情の物語にうまく上書きし、みーぱんファミリーの持つ温かい空気を引き出すことに成功した。アイドルの宿命とはいえ、秋元康の歌詞はとにかく恋愛一辺倒(しかもなぜか最近は「振られた」とか「後悔している」みたいな内容が多い。病んでるのか?)なので、このようにMVで新たな解釈を加え、ちがう角度からの楽しみ方を提供してくれると、曲への理解度も一段深まるのだ。ちなみに先日の「全国おひさま化計画」東京公演三日目で生パフォーマンスを観たのだが、みんな楽しそうに歌っていて、音源やMVとは異なる味わいがあった。なかなか良い曲だと思

あゃめぃちゃんの新境地:「夢は何歳まで?」

こちらも「春の大ユニット祭り!」で発表された楽曲。高本彩花と東村芽依のあゃめぃちゃんコンビ(あめちゃんと読む)によるユニット曲。どちらかというとガーリーな印象が強く、グループの中でも「女の子っぽい」趣味のふたりが、あえて90年代J-POPを彷彿とさせる、クール系の曲で挑んだ。たしかにふたりとも地声の可愛らしさとは対照的に歌声は低めなので、こういう系統の方がハマるのかもしれない。あゃめぃちゃんで曲出すならもっとポップでフリフリの衣装着たふたりが見たかったなあ…と思うのだけど、新しい一面を引き出してくれる楽曲と捉えるならば、悪くはない。ただ、MVは完成イメージに対して予算と技術が追い付いていない印象を受ける。新しいことにチャレンジする姿勢は支持するものの、もっと素直に作っても良かったんじゃないかなって。正直、音源も繰り返し聴いてはいないので、感想らしい感想がない。ライブでパフォーマンス見たら変わるのかしら。


埼玉三人組待望のユニット曲!:「あくびletter」

金村美玖、丹生明里、渡邉美穂の埼玉三人組によるユニット曲。「春の大ユニット祭り!」では、2002年組(小坂菜緒、金村美玖、濱岸ひより)による「もうこんなに好きになれない」が披露されたのだけど、残念ながら小坂菜緒が休業中のため、今回は収録見送り。代わりに埼玉三人組の登場となったと思われる。金村美玖がセンターのシングルなので、彼女が参加できるユニットで…という条件のもと、埼玉三人組に白羽の矢が立ったのだろう。代打とはいえ、去年からTokyofm「日向坂46の余計な事までやりましょう!」で冠番組をもち、各方面で活躍している三人なので、むしろ大歓迎の起用である。ラジオ番組ではユニット名を募集し、「カラーチャート(カラチャ)」という良い名前ももらった。エンディングでも毎回流れる。ゆったりとした曲調が金曜夜の疲れた体にちょうどいい。これを聴くたびにTokyofmとベルクのことが頭をチラつくので、なぜか負けた気になる。

カラーチャートの三人ならトンチキアイドルソングかなあ…と淡く期待していたので、思ったより真正面から王道アイドルソングで攻めてきたのは少々驚いたものの、彼女たちの持つ優しく柔らかい雰囲気がうまく閉じ込められている。好きな人のこと考えてたら眠れなくなってあくびしながらラブレターを書く…なんて、無邪気でなかなか洒落た歌詞だと思う。楽曲のアレンジもシンプルで、音の種類も最低限に抑えられている。だからそれぞれの歌声も聴きやすい。特に二番歌い出しの渡邉美穂のちょっと甘めのボイスは最高だ。フィルムカメラで日常のあちこちを切り取ったようなMVもすばらしい。日曜の昼下がりにのんびり起きて近場をデートするような時間の流れが、作品全体を包んでいる。カップリング曲の中では「アディショナルタイム」に並んでお気に入り。

もうひとりの次世代エース、上村ひなのの躍動:「何度でも何度でも」

このnoteのタイトルを見た時点で察しはつくと思うが、6枚目シングルは、表題曲の金村美玖とカップリング曲「何度でも何度でも」の上村ひなのに「次世代エース」としての役割を期待した作品になっている。MVでは表題曲のセンター・金村美玖とのドラマも描かれており、ただのカップリング曲センター以上の意味を背負わされていることがわかる。これまで三列目中央の「裏センター」としてじっくり育て、前作「君しか勝たん」で二列目に引き上げた上での、カップリング曲「何度でも何度でも」センター起用。一応「高校生クイズ」の主題歌なので現役高校生センターに当てはまるメンバーで…という口実はあるものの、きわめて順当な采配と言えるだろう。いきなり表題曲だとプレッシャーも大きいだろうし、タイアップ曲でそこそこ外部露出はあるけど、セールス活動では前面に出ないカップリング曲でまずはセンター経験を積ませる、という段取りを踏ませるあたり、上村ひなのへの期待は相当高いと思われる。そして実際彼女にはそれだけのポテンシャルがある。佐々木美玲には欅坂イズムが生きていると言ったが、上村ひなのにも同じ血が通っていると感じる。乃木坂46が手の届かないスター集団として輝き、櫻坂46がリブランディングを経て凛とした美しさを持ち味にしつつある中で、日向坂46にしかないカラーとはなんなのだろうか?を考えたとき、じつは案外「ひらがなけやき」の精神なのでは?と思ったりもする。そしてこのイメージを背負い得るのが上村ひなのなのではないだろうか。小坂菜緒や加藤史帆が築き上げた日向坂46のイメージに新しい風を吹き込むのが金村美玖のセンター像なのだとしたら、上村ひなのはこれまでとは異なる、思春期のペーソスを兼ね備えた別ベクトルの日向坂46を提示できると思う。彼女に「キュン」「アザトカワイイ」路線を背負わせるのはちょっと勿体ない気がする。

ところで、「何度でも何度でも」の楽曲自体はどうかというと、僕はあまり好きではない。曲のテイストが「声の足跡」に似ているし、MVも代わり映えしない。「声の足跡」が日向坂46のこれまでを振り返る非常にエモーショナルな作品に仕上がっていたので、二作品連続かつ同じ路線で攻められると、あまり新鮮味がない。それぞれ切り離して見ればそれほど悪くないはずなのだけど、僕は「5thシングルまでの流れを踏まえてどう6thシングルを捉えるか」で考えてしまうので、すごく残念に感じてしまった。ただ、上村ひなののセンターは事前に想像していた以上に良い。松田好花がフロントに昇格していることにも注目したい。小坂菜緒の休業に伴う起用とは考えられるものの、「ラヴィット!」マンスリーレギュラーや冠ラジオ番組「日向坂46松田好花の日向坂学園放送部」の開始など、ここ一年で一気に主力メンバーに躍進した感もあり、次作以降の表題曲でフロント入りする可能性は高い。次のシングルでサプライズがあるとしたら、丹生明里のセンター抜擢か、上村ひなのと松田好花のフロント起用だと踏んでいる。楽曲そのものに魅力は感じなかったものの、これからの日向坂46へのという意味では、とても重要な楽曲だと言えよう。

全体を振り返って

表題曲「ってか」が歴代でも屈指の良曲であったことに加え、カップリング曲でも「アディショナルタイム」や「あくびletter」など、これまでありそうでなかったタイプの楽曲が揃い、全体的に良いシングルだったと思う。僕の中で3rdシングル「こんなに好きになっちゃっていいの?」がベストであることは揺らがないけれど、カップリングの期生曲が充実していた5thシングル「君しか勝たん」と並んですばらしい作品だったのではないだろうか。CDの初週セールスは小坂菜緒の休業やミート&グリートの枠数変更もあって枚数減となったものの、YouTubeのMV再生数やTwitter等の指標は上向いており、必ずしも悪くない結果だと思う。そもそもCDの売り上げがないと商売が成り立たない、ストリーミング等の指標に重きを置かない評価軸自体、変えていかないと後がないのではと思うのだが…。22人の大所帯だし、すぐにビジネスモデルを切り替えていくのは難しいのかもしれない。まずは、年末の「ひなくり2021」が無事開催されること、そして、次のシングルこそフルメンバーで望めることを願わずにはいられない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?