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さとし③

さとしが自殺したと聞いてからも時間は止まることなく刻々と進んでいる。
学校には行かないといけないし、バイトにも行かないといけないし、お腹だって減るからご飯も食べないといけない。

さとしのお葬式の後、みんなが集まって簡単な食事会が開催された。さとしのお父さんが場所や食事を用意してくれ、さとしの分まで楽しくやってくれと疲れた顔で精一杯の笑顔を見せていた。

たださとしの分まで楽しもうと、切り替えられている者は1人もいなかった。むしろ今は静かにさとしとの思い出を振り返り、さとしに浸りたかった。

集まった友人たちの話すさとしとの思い出話は多岐に及んだ。初めてさとしに会った時の話、一緒にテスト勉強するはずがずっとゲームをやっていた話、修学旅行で財布を落としてみんなで探した話、文化祭でクラスが分裂してから一致団結した話、そしてさとしが怒った時の話。

あの日は本当に驚いた、後にも先にもさとしのあんな顔を見たことがなかったから。そして話はその日の夜にさとしから掛かって来た電話の話になった。

怒られた友人はとにかく謝られ、こっちも悪かったというタイミングを与えないほどひたすら謝られてしまったという話で場も少しだけだが明るい雰囲気になった。
電話が掛かって来た友人たちは一様にそんな内容の話をしていた。僕だけが唯一さとしに謝る隙を与えずに喋り続けたようだ。

-でもあの話は驚いたな。
あの日に電話が掛かってきた友人の1人が少しだけ声のトーンを落とし、周囲を気にしながら話し始めた。僕以外のあの日、あの部屋にいた友人たちはお互いに視線を合わせながら頷いている。
僕のキョトンとした顔に気付いた友人はお前知らなかったんだという顔を見せてから教えてくれた。

-さとしは両親と血が繋がっていない。
さとしはその時の電話で自分は赤ん坊の頃に病院の入口に小さい簡易ベッドに入れられて置かれていた。だから僕には病院を継ぐ資格はないし、そんな頭の良さもないと笑いながら話していたそうだ。ただ両親には感謝しているし、本当の親だと思っていると。それっきりその話をさとしがすることはなかった。

僕はその話をさとしから聞いたことがない。
さとしは僕にもその話をしようと電話を掛けてくれたはずだった。でも僕はその話をさとしから聞くことはなかった。そしてその話をさとしから直接聞くこともなく、永遠に会えない関係になってしまった。

さとしは僕にもその話をしたかった、のかは分からない。そのことを知らない僕だから良かったこともあったはず、と思いたい気持ちもあるが今となっては分からない。
そんな素振りを見せたことは一度もなかった。そんな素振りってどんな素振りだ、もしその話を僕がされたら僕はさとしになんて言ってあげることができたんだ。頭の中で色んな言葉がグルグルと飛び交った。
1つ言えるのは、僕に何かを伝えようとした電話した時、さとしの気持ちを僕は抑え込んでしまったのかもしれない。
たださとしが両親とどんな関係であろうと、さとしと僕の関係が変わることはなかったことは確かだ。

そしてさとしはLINEの取り消したメッセージでそのことを伝えようとしていたのだろうか。僕にそのことを伝えて僕になんて言ってほしかったんだろう。

そんなことを僕が考えていると、僕の知らないさとしの話が友人からまた出た。さとしのことはなんでも知っていると勝手に思っていたが、当然そんなはずはなく、僕の知らないさとしがたくさんいることに驚いている自分の傲慢さを恥じた。

それは高校の卒業式から数日後、大学や専門学校が始まる前にみんなで旅行に行った時のこと。一泊目の夜、誰かが持ってきたアルコールをみんなで呑もうという流れになった。僕はお酒を吞んだことなんてないくせに、いいぞいいぞなんてハシャギながらグイグイお酒を煽っていた。ただ僕はお酒が弱かった。呑み始めて僕はすぐに眠ってしまった。正確に言うと、僕は眠ってしまったそうだ、翌朝まで眠りこけていて、次の日に友人たちにからかわれて初めて知ったことだった。
眠りこけて起きない僕を部屋に置いて、友人たちは近所に有名な縁結びの神社があることを発見し、深夜にさとしを含めお参りに行った。
この旅行中に彼女を作ろうと無茶なことを言っている奴もいたらしい。ほろ酔い気分で神社に付き、賽銭を入れながらみんなでお参りをしていた。

さとしは柏手をして、目を瞑ると、そこからずいぶん長い時間1人お願い事をしていたそうだ。ホテルへの帰り道、友人の1人がさとしはそんなに彼女がほしいのかとからかったそうだが、そんな雰囲気ではなく、さとしは何か叶えたいけど叶わない願い事があったのではないかと、友人は心の中で感じながら歩きホテルに着いたそうだ。

叶えたいけど叶わない願い事。
そんなものは誰にだってあると思う。好きな芸能人と付き合いたい、大金持ちになりたい、世界一周がしたい。僕が思い付くのはそんなくだらないものばかりだがさとしには本気で願っていることがあった。

そのことを僕に伝えようとしていたのかもしれない。
叶えたいけど叶わない願い事、僕はその話をされたとしたら、さとしの満足のいく答えを言うことができたのだろうか、今となっては答えを出すことはできないのだけれど。

そんなことを考えていると、ドアが開きさとしのお父さんが顔を出した。
僕を手招きして呼んでいる。
お父さんの元へ行くと、さとしから僕に預かっているものがあるので受け取ってほしいと言われた。
お父さんに手渡されたものは、小さな封筒だった。
そこには僕の名前が書かれていて、中には手紙が入っていた。
さとしが亡くなる直前に書かれたものだった。なぜならLINEの取り消したメッセージのことが書かれていたから。

続く・・・。


ひとり~の小さな手~♬なにもできないけど~♬それでもみんなの手と手を合わせれば♬何かできる♪何かできる♪