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値段を付けられた人間

大人のお風呂屋さんに行った、久しぶりだった、本当だ。
僕はタウン広報誌の記者など地域を盛り上げる仕事を生業にしていて、その給料は国の助成金から賄われており、町もギリギリの値段で僕を雇っている訳で、薄給なことは僕も納得している。そんな僕が大人のお風呂屋さんに頻繁に行ける訳がない、だから心はドキドキ、足元はフワフワ浮ついていた。
以前ナンバー1キャバ嬢だったいう経歴を持つ女性が付き、話を聞くと歌舞伎町のキャバクラで働いていたらしい。その話を聞いていて色々と考えさせられた、行為中ずっとだ。

歌舞伎町にあるキャバクラに行ったことはないが、日本一の歓楽街であり、全国トップクラスの女性が集結しているスポット、その中でトップだったということは凄いんだろうという想像は容易にすることができる。

そんなかつて輝きを放った女性が今は大人のお風呂屋さんで働いている。
※もちろん今なお御綺麗です。
ナンバー1だった当時、多くの男たちが大金を払っても手を出せなかった女性が今は簡単に股を開く。そんな彼女の今と過去が僕の頭の中で行ったり来たりしていた、行為中ずっとだ。

お店で会ってからずっと彼女は当時の話をしてくれた。
元ナンバー1ということでお喋り上手で結論に向かって真っすぐ無駄なくトークを進める話し方が印象的だった。豊富なボキャブラリーから頭の良さも随所に垣間見えた。キャバクラの話になったキッカケも、あまりにお喋りが上手なので僕がキャバクラでも働けますよね?と言ったことがキッカケだった。
男からしたら今の方が体を張っているように見えるが、話を聞くと給料はキャバクラ時代の方がよく、仕事内容も以前の方が大変だったらしい。
ということは給料と仕事内容はちゃんと比例していて、自然の摂理的にはこれでいいのか、と自分が踏み込むことは無いであろう世界の一端を知ることができた。
キャバクラは体調を壊したことがやめるキッカケになったそうだ。
その話をした時、彼女は当時のことを思い出したのか表情が少し歪んでいた。キャバ嬢は楽をしてお金を稼いでいるという言葉を聞くたびに彼女は少し表情を歪ませているのかもしれない。

ただ僕はそんな会話を交わしている時、頭の中で人間の値段について考えていた。
ナンバー1だった当時は話をするだけで高いお金を貰えた女性が、今は2万円程度払えば身体を重なり合わせることができる。
彼女の値段が下がったということなのだろうか。
そんなことを言っては失礼極まりないのだが、そう僕は考えてしまう。

人間に値段なんて付けられない、そんな言葉が聞こえてきて、その通りだとは思う反面、もしも実際に人間に値段を付けるとしたらどうなるのか?
そんなことを考えていると…。

『こちらの男性は身長176㎝、体重60㎏外資系の企業に勤める33歳。これまで様々な人生の窮地を乗り越えてきた逸材、人生を変えるために上がってきたきょうの舞台。しがらみのない世界に行ってみたい!』
1人の男が呪文のように言葉を早口で羅列させ、舞台上に上がってきた人間の経歴を紹介している。
ここは「人間競売場」、マイクを使って喋り続けている男は競り人の役割を担っていて、この競売場の進行係。
舞台下に陣取る人間たちは、舞台に上がってきた人間を競り落とす為に来た参加者たち。言わば人間に値段を付ける者たちだ。きょうも100人ほどが集まり、活気づいている。
彼ら彼女らによって人間に簡単に値段が付いてしまうのが「人間競売場」。

舞台に上がってきた人間の見た目と経歴を聞いて一瞬で落札者たちは精査をし、指の動きだけで競り人に値段を伝え最も高額の値段を付けた参加者がその人間を競り落とすことができる。魚市場の競りをイメージしてもらえれば分かりやすいだろう。
そして僕が今、何故「人間競売場」の端っこに立っているのか。その理由は分からない。
大人のお風呂さんで湯船に浸かって人間の値段について考えていたら、徐々に意識が遠のき、気付いたらここに居たという流れだ。この状況を飲み込めない方もいると思うが、僕も飲み込めていない。ただ現実が正解なので順応していくしかない、と一瞬で腹を括った、本当だ。

『こちらの女性はピッチピッチの20代。自分の価値が最も高いこのタイミングで自分の値段を知りたくこの場に登場、みんなで最高の価値を付けてあげましょう!』
舞台上を見ると、若くてスタイル抜群の女性が1000万円で落札されたところだ。
オシャレな服に身を包み、露出していた肩からは肌艶の良さと色気が出ていた。
笑顔も作り慣れていて、自分の見せ方を知っている。1万円からスタートした金額は瞬く間に上がっていき、一瞬でゼロの桁が変わり、最終的に1000万になった。
もちろん落札したのは男性で落札した女性をどのように扱うのかはもちろん落札者の自由、外野がとやかく言う権利はない。
ここからあの女性の人生はどうなっていくのか、あまり良い想像は出来ないが、それでも女性は笑顔と手を振りまいて舞台を降りていった。
人間の値段が付く瞬間を初めて目の当たりにしたが、流れ作業のように一瞬過ぎて感想は特になく、そんなものかと納得してしまった。
とにかく順応しいくしかない。

続いて舞台に上がってきたのは男性。
『ルール無用のこの世界。みんなで立てよう生涯の誓い。ハッピーになりたい奴は飛び出そう大航海!』
20代前半に見える男性も一瞬で落札された。背が大きく、マッチョなことは服を着ていても分かった。立ち居振る舞いが優雅で、おそらく普段から人前に出る仕事をしているのだろう。落札したのはかなり高齢の女性でお金持ちなことは雰囲気で分かる。どういった目的で彼を落札したのだろう。そしてどういった目的でこの会場に来たのだろう。
舞台下に陣取る参加者たちは1人で来ている人が多いみたいだが、中には2人組もいる。
普段何をしている人なのかは見た目では判断はできないが、裏社会の住人といった見た目の人はいない。参加者同士の会話はなく、みんな競りに集中している。
人間競売場の建物は煌びやかでかなりのお金が掛かっていることが分かる。欲望の塊といった建物にも見える。一体ここはどこなんだ。

何人かの人間が競り落とされていく中で、舞台に上がったものの全く値段が付かない人間もいた。
その人は70歳過ぎの男性だった。
人間競売場は競りが開始されると、終始大きな声が響き渡り、賑やかな時間が続く。
だが舞台にこの70歳過ぎの男性が上がると、舞台下にいる競り参加者たちの声はピタリと止まり、競り人の声ばかりが会場に響き渡った。
競り人の経歴紹介の声だけが響き渡る時間は、僅か数分だったが長く感じられ、舞台上の男性も目にやり場に困っていた。
結局値段は付かず、散々煽った競り人が競り終了の声を告げると、男性も舞台から降りていった。
値段が付かなかった人間はこの後どうなってしまうのか、競売場の人たちの視界からは男性の姿はもう見えていないようだが、男性の後ろ姿からは色んな思いが漂っていた。
何でもいいから落札されたかったのか、誰でもいいから金額を付けてほしかったのか。自分の今の値段は0円ということなのだろうか。男性の背中からは多くのネガティブな言葉が出ているように見えた。

何とも言えない微妙な空気が流れた後、1人の男性が舞台に上がってきた。
『こちらの男性、地道にコツコツ努力を続けてきたコレまでの人生。これから降り注ぐのは熱く燃えるような快晴。昂る感情をこの場で示せ!』
50歳を過ぎたぐらいの男性の登場に、再び微妙な空気が流れるのかと思ったが、すぐさま高額な値段が付き、その金額に対して競う姿勢を見せる参加者は現れず、すぐさま男性は落札された。
再び年配の男性ということで先程の微妙な空気が再び流れることを予見しただけに、少し安心した気持ちが僕の胸には広がった。
特に服装も顔も経歴も特徴のない男性がなぜ瞬時に、高額で落札されたのか、その答えはすぐに分かった。
落札したのは男性と同年代の女性。男性は舞台を降りると、そのままその女性の元に向かって行った。どうやら2人は夫婦みたいだ。仲良さそうに会場を出ていく。
妻からしたら夫が高額な商品なのは当たり前で、もはや値段を付けられないレベルの存在のはず。おそらく争うことになったら全ての私財を投げ打ってでも落札しようとしたのだろう。
この事例により分かったことは人間の値段は人によって変わるということ。ある人によっては値段の付けられない高額な人間にもなるし、ある人によっては1円も出したくない人間にもなる。どのアングルでその人間を見るかで金額は変わる。

「人間競売場」の舞台下には、舞台に上がり競売に掛けられる人間の身内も参加していて、競りに掛けられた人間にとって身内がいれば自然と値段は高まっていき、高額商品となる。
さきほど買い手が付かなかった70歳ぐらいの男性も妻や子どもがこの場にいたら高額の値段が付いたに違いない。
シビアな言い方をすると、目的というか利用価値というか何と言うか、いくつもの事情が絡み合い、人間の値段は決められていく。多くの人間と絡み合っている人の方が金額も高いのかもしれない。「利用価値」という言葉が一番分かりやすのでその言葉を使わせてもらうが、その人物がいると仕事が捗るや自分に無いものを持っている、居るだけで安心する、どんな理由だろうと、とにかく利用する価値がある人間には値段が付き、その必要性が増すほどに金額は上がっていく。人間競売場はとてもシンプルでとてもストレートな考えが渦巻いている。
夫婦という関係性なのになぜ先程の男性は舞台に上がることになったのか、その辺りの状況はよく分からない。

次に舞台に上がってきたのは男の子。
『まだ何も色の付いていない男の子。無限の可能性をこの子に与えて行こう!未来をバラ色に染めていき、見せて上げようサイコーの景色!』
まだ小学校に上がって間もないぐらいの見た目の男の子はうつむき気味で舞台に上がってきた。
需要は大いにありそうだが、舞台下に陣取った人たちは周囲の様子を見ながら値段を付けていく。徐々に値段が上がっていく中で、腹の探り合いを突き破る一言が競り人から発せられ、状況は一気に変わった。
男の子の父親は世界的にも有名な職場に努めていて、スポーツも万能。母親も有名な研究施設に勤めているらしい。
競り人が親の経歴を発表すると一気に値段は跳ね上がり、会場も活気づく。
超エリートな経歴を聞いた舞台下に陣取る参加者たちの熱は一気に上がり、天井知らずで値段が吊り上がっていく。最終的に男の子には億の値段が付き落札された。
舞台から上がってきた時と同様、男の子は静かにうつむき気味で舞台から降りて行く。
落札したのは50代ぐらいの女性。一体あの男の子はこの先どんな人生を歩むことになるのか。
そして子どもの値段は親の経歴によって大きく変動することが今回の競りで見られた。遺伝の考えをみんな持っていて、親が優秀なら子も優秀なはずという思いから高額の値段が付いたみたいだ。

『負けられない競り合い。譲れない打ち合い、ここは戦場、油断もスキもありゃしない』
続いて舞台上に上がってきたのは30代ぐらいの男性。
キリッとした表情で舞台上から周囲を見渡している。
特徴は右腕がない。仕事中の事故で障害を背負ってしまったことを競り人が紹介し、働き盛りの30代で、日常生活では義手を使っているため、社会生活において特に影響はないことをアピールしている。果たしてどうなるのか。
表情は固く、この場にいることを納得していないように見える。
なぜ舞台に上がることになったのか。これまで競りに掛けられた人たちもそうだが、その辺りの流れは不明だ。
その時、突然舞台上の障害を負っている男性が大声で叫び出した。
「俺はメチャクチャ能力が高い、俺はお前らを絶対に損はさせない、俺は…」
どこから現れたのか、舞台上にスーツを着た警備員と思われる屈強な男たちが現れ、男性を羽交い絞めにし、口を塞いだ。そのままカラダを押さえつけ舞台から強制的に男性を引きずり降ろす。どうやら競りに掛けられた人間が言葉を発することは禁じられているらしい。男性は自分をアピールしようとした為に強制終了となってしまった。自分から望んでこの場に来ていて、何とか高額で競り落とされようとしていたみたいだ。
場内に荒々しい警備員が登場し、騒然とするかと思われたが舞台下の参加者たちは冷静に状況を見守っていた。

何事もなかったかのように競り人が次へ進めようとしたが、チャイムが鳴り、一旦休憩を挟むことになった。
休憩中はトイレに行ったり、別室に用意されている軽食を取ることもできるらしい。
僕はどうやらトイレに行くことは可能だが、自由に動き回ることはできず、移動する際には警備員に許可を取らないといけないルールのようだ。
ここまでの競りについて整理すると、舞台に上がる人間は自分から志願してこの場に立っていて、自分の値段を知りたいと思っている。一攫千金を狙って人生の大逆転をここで起こそうと考えている者もいるようだ。
そして競りに掛けられた人間は付けられた値段に対して何かを言う権利はなく、購入者にこれからの人生を捧げることになる。
まさに天国と地獄のどっちに進むかがここで決まるのだが、暗い雰囲気はなく、華やかで賑やかな空気が会場を包んでいる。
人間の値段という究極のテーマを扱っているが、ここはそういう場だと割り切って楽しんでいるようだ。
休憩中、舞台上ではミュージシャンが登場しオーケストラを従えで歌を披露したり、手品師が大掛かりなセットを組んで瞬間移動を見せたりしていた。
そんな中でかつて「人間競売場」で競り落とされた女性が登壇した。
女性は20代にも見えるが、話し方から推測ると40代なのかもしれない。
『私はこの舞台に立ったことでこれまでの人生が180度変わりました。私にもっとも高い値段を付けてくれたのは80代の女性です。後に彼女のことを母と呼ぶことになるのですが、最初は受け入れられない日々、すべてを拒否する様な態度で毎日を過ごしていました。なぜなら私はネオン輝く舞台に行きたくてこの競売場にやってきたのに、連れて行かれたのは何もない田舎町。当時の私はまだ若く、そんな何もない世界から抜け出したくて日々反抗を繰り返していたんです。本来なら値段を付けてくれた相手、しかも2000万という高額なお金を払ってくれた方にする態度ではないですよね。私は田舎町で何をやっていたかと言うと、1人では暮らすことのできない方や寝たきりの人の家を回る仕事を任され、毎日同じことを繰り返していました。どこの家に行っても私はあくまでお手伝いさん、よそ者という扱いです。そんな日々が続いていたので、そんな村から逃げ出そうと思った事が何度もありますが、村から街への道は1つだけ。私がこの村に来た事情を知っている人たちは誰も助けてはくれませんし、監視の目があり、逃れることはできません。わたしはこの村で一生を終えるんだと思い、毎日泣いていました。そんな時、私を救ってくれたのは私を競り落としてくれた母あり、その田舎で暮らす人たちでした。ある時、母がそんなにこの生活が嫌ならこの村から出て行っても良いと言われました。ただ人間は1人では生きてくことができない。それはこの町で暮らしていたらあなたも気付いているでしょ、と言われました。母は私に田舎町で暮らすことで人間は1人では生きられないことを伝えてくれようとしていたんです。母の厳しさの中にある優しさに触れ、徐々に仕事に精を出していくと接する相手の態度も徐々に変わっていきました。これまで相手がそっけなかったのではなく、そっけなかったのは私だったんです。私が相手に感謝を示すと相手も私に感謝を示してくれ、私が笑顔になると相手も笑顔になってくれました。何でも連鎖なんです。戦争という憎しみの連鎖がこの世の中にはありますが、幸せの連鎖も世の中にはあるんです。待ってる人がいる、会いたい人がいる、あしたやりたいことがある、そんな小さな嬉しい連鎖で人間はその日を強く、楽しく生きることができるんです。私はその事をこの人間競売場から学ばせて頂きました。自分に付けられた値段はあくまでその時の値段です。そこから値段の付けられないプライスレスな人間になればいいのです。どうかあすへの希望を持ってきょうを強く生きて下さい。ありがとうございました』
拍手を背に受けながら女性は舞台から降りて行った。

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