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海原スーザン②

私が働いているのは海外にもにチェーン展開しているラーメン屋『天下一品』、通称『天一』。
ラーメン愛好家から家族連れまで、幅広い消費者の胃袋をガッチリ掴んでラーメン界で確固たる地位を築いているラーメンチェーン店だ。
店長である私も学生時代の部活帰りや仲間たちと飲んだ後の〆のラーメンと何度となくお世話になっている。まさか就職するとは思っていなかったが、就職難と言われている時代に、運よく拾ってもらったため、その点でもこのラーメン屋には感謝をしている。

<その私が働く「天一」に海原雄山がやってきた・・・>

天才的な味覚を持ち、芸術的な料理センスで若い頃から料理界で名を轟かせていた男。その才能は誰もが認めているが冷酷で非道、食への理解が浅い者に対しては万死に値すると筆舌に尽くしがたい罵詈雑言を浴びせる。

<その男がなぜ私が働く「天一」に・・・>

様々な料理に精通していることは聞いていたが、まさかチェーン店のラーメン屋にまで足を運んでいるとは思わなかった。
海原雄山は自動ドアを開け、一歩一歩ゆっくりとした足どりで店内に入ってくる。
この日も平日ながら店内は混み合っていた。海原雄山の登場にさっきまで賑やかだった店内は静まり返り、自分の横を和服が通り過ぎるまで顔を下に向けじっと耐え、過ぎた後で初めて顔を上げて後ろ姿を見るという流れが続いていた。
その姿はまるでその領地を治める大名が通り過ぎるまで顔を上げてはいけない封建社会の様相を思い起こさせた。
あまりの静けさに店内では自動食洗器の音だけが響き、誰1人箸を持って食を続ける者はいない。海原雄山は唯一空いていた2人掛けテーブルのイス側に店内に背を向ける形で腰を降ろした。
背中を向けていても、そのオーラは凄まじく、漫画で強敵が現れた時に使われるゴォォォォという効果音が私の心の中では鳴っていた。

海原雄山はメニュー表をゆっくりとめくりながら、何を注文するか吟味している。
メニュー表の書き方や載っている写真に料理へのリスペクトがないという理由で、激怒して帰ったことがあるという噂を聞いたことがある。そうならないことを願うばかりだ。

その時、海原雄山は手に持っていたメニュー表をテーブルに置くと、スッと右手を上げて店員に合図を出した。
最近入った新人アルバイトが気付き、注文を聞きに行こうと足を動かしたが、スッとその動きを私は手で制して、一目散に海原雄山の元に向かった。

店長『はい、何に致しましょう?』
海原雄山『天下一品ラーメン、あっさりで』

<あっさりっ!?>

なんとか声を出さずに済んだが、まさかの注文に腰を抜かしそうになった。「天一」ではこってりとあっさりを選ぶことができるが、99%のお客さんがこってりを頼み、あっさりは天一にあって天一にならずという格言があるぐらいだ。

まさかのあっさり発言に腰を抜かしかけたがなんとか立ち直り、急いで厨房に戻り、ラーメン作りに取り掛かった。

1日何百杯と作ってきたラーメンだが、この時の緊張は言葉では言い表せない。茹で時間やスープの配分、盛り付けと、漏れがないかと確認しながらの作業でいつも以上に時間は掛かってしまった。
完成した商品も見落としが無いか確認し、いつものような振る舞いを意識して丁寧に海原雄山に提供した。
店長『お待たせしました、天下一品ラーメンあっさりです』

海原雄山はテーブル上に置かれたラーメンを睨むように見ると、トレーに乗ったレンゲを手に取り、汁をすくってズルっと流し込んだ。
スープが喉元を取った瞬間目がカァッ見開いた。
その瞬間に店内にも感じたことの無い緊張が走った。
そこから海原雄山の手が止まることはなく、箸は動き続け、あっという間に天下一品ラーメンは無くなった。

海原雄山は食べ終わると余韻に浸ることなく、颯爽と立ち上がるとレシートを取り、レジに向かった。残ったどんぶりを見ると、汁も一滴も残っていなかった。

そうこの男は海原雄山の腹違いの弟・海原スーザンだったのだ。
「また来るよ」と言って店を後にした海原スーザンを姿が見えなくなるまで笑顔で見送った。


ひとり~の小さな手~♬なにもできないけど~♬それでもみんなの手と手を合わせれば♬何かできる♪何かできる♪