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海原スーザン①

<あの海原雄山がお店にやってきた・・・>

天才的な味覚を持ち、芸術的な料理センスで若い頃から料理界で名を轟かせていた男。その才能は誰もが認めているが冷酷で非道、食への理解が浅い者に対しては万死に値すると筆舌に尽くしがたい罵詈雑言を浴びせる。

<その男が・・・>

最近、新しくできた鮨屋を片っ端から巡っているという話は大将の耳にも届いていた。食するに値しないと判断されたお店は、湯呑を投げつけられたり、低評価を下して閉店に追い込まれたお店もあるという噂まで飛び交っていた。

ウチのお店は開店して半年、最初こそお客さんが来ない時もあったが今では毎日予約が数組あり、常連さんが通うようになってきていた。

<これからという時に・・・>

今夜も顔なじみの常連さんと談笑をしながら、このまま楽しく1日が終わると思っていた矢先、店のドアを開けて入ってきたのが海原雄山だった。

見たことのあるあの威圧感を含んだ和服に身を包み、ムスッとした表情で暖簾を潜ってきた。店内に足を踏み入れる度に、空気は1℃ずつ下がっていく。
突然の出来事に一瞬たじろいだがなんとかいらっしゃいませの声をなんとか絞り出すことができた。

今思えば顔はこわばっていたと思う。それもそのはず。下手な料理を出せば、一生包丁が握られなくなる程、精神を追い詰められるという話や、お茶の温度が気に入らなくて寿司を出すまでに至らなかった料理人までいたという伝説を聞いたこともある。
そんな海原雄山が今、自分のお店のカウンター席に1人で座っている。
ゴゴゴゴゴォォォォ~、漫画で凄い敵が登場した時の効果音が自分の心の中で響いている、震えないほうがどうかしている。

大将『ご、ご、ご注文が決まりましたら、何なりとお申し付け下さいっ』
一語一語確認するように言葉を絞り出し、なんとかお茶は出すことができた。海原雄山は店内をジロリと見渡し、手書きのメニュー表を手にとり、舐める様に上から下へゆっくりと眺めている。

いつの間にか常連客たちも食べる手を止め、海原雄山が何を注文するのか固唾を飲んで見守っていた。

その時、海原雄山が右手をゆっくりと上げた。
大将『へい、何に致しましょう?』
海原雄山『ハマチとブリ、ワサビ抜きで』
大将『へ、ヘイッ』
思わず声が裏返ってしまった。まさかあの海原雄山がさび抜きっ!
ズッコケなかっただけ褒めてほしい。

そうこの男は海原雄山の腹違いの弟・海原スーザンだったのだ。
私の握る寿司を嬉しそうに堪能し、お土産まで注文してくれた。
「また来るよ」と言って店を後にした海原スーザンを姿が見えなくなるまで笑顔で見送った。


ひとり~の小さな手~♬なにもできないけど~♬それでもみんなの手と手を合わせれば♬何かできる♪何かできる♪