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さとし②

-さとしが死んだ。
そのLINEが来たのは今朝の話。

友人に「どういうこと?」と返信するまでに30分ほどの時間が経過していた。
気が動転して、頭の中が真っ白になっていたから時間が経っている感覚は無く、その時はそんなに時間が経過していることも、なんて言葉を返信するのかも、まったく考える余裕を失っていた。

友人からの返信はない。
その友人は、今はあまり会ってはいないが地元ではさとしを交えて3人でよく会っていた。さとしと友人は小学校から一緒で、実家同士も近いということでさとしの親からその友人に連絡が行ったのだろう。

LINEのメッセージ画面が既読にならないことに苛立ちながら、何かできることがあるわけでもなく、スマホの画面を睨んでいた。

-一体なぜさとしが。
考えても考えても結論は出なかった。昨日のさとしはいつものさとしで、昨日のさとしは昔からのさとしで、昨日のさとしは…。

その時、ようやく友人から返信が来た。時刻を見ると、メッセージを送ってから5分しか経過していなく、返信おせーよと怒れるレベルではなく、自分が冷静な状態ではないことを改めて気付かされる。

スマホの画面には「自殺らしい」

-一体なぜさとしが。いくら考えても結論は出なかった。
昨日のさとしはいつものさとしで、昨日のさとしは昔からのさとしで、悩んでいるようなそぶりもなかった、はずだ。

さとしとは中学2年でクラスが一緒になって話しをするようになった。さとしはクラスの中心人物ではないが、物事の正解が見えている、いつも冷静でみんなから一目置かれている存在だった。文化祭の出し物でクラスが2つに分裂しかけた時、双方の意見を聞き、丸く収めたのはさとしだった。片方のグループはクレープ屋さんがやりたいと言い、もう片方のグループはお芝居がやりたいと言った。僕はどっちでもいいから早く決めてくれよという一番タチの悪い多数派に属していた。
さとしはその時、双方のグループのリーダー格に放課後、電話を掛け、このままだとどっちの意見を採用しても上手くいかないことを伝え、文化祭が終わった後もいがみ合う関係になってしまうと諭した。さらに双方が納得する案としてさとしが提案したのが「クレープ屋の少女」だった。

森に住む貧しい少女が街へ出てきてクレープを売り歩く芝居があり、その芝居の中で少女が売っているクレープを実際に見ている観客に買ってもらうことで話が進んでいくという出し物だった。クレープの売れ行きでストーリが変わっていく構成で、観客も面白がり、飛ぶ様にクレープは売れた。最後には売り切れた。それほど観客が熱を持って芝居を見てくれたら、役者たちの演技も自然と乗ってくる。その相乗効果でお芝居派もクレープ屋派も大満足で文化祭は終わった。来年もやろうという声はすぐに上がっていた。

さとしのアイディアだったが、さとしは表舞台に出ることはなく終始裏方に徹していた。いつもそんな感じのさとしだが、さとしの存在は僕が育った小さな街では目立っていた。
さとしの家は小さな町の大病院で、僕の生まれた町でさとしの親が経営している病院に行ったことがない人はいないぐらい小さな町にある、大きな病院だった。

親と仲が悪かった、そんな話しをさとしからは一度も聞いたことはない。子どもに家を継ぐことを強要するような親ではなく、やりたいことをやらせてくれる、優しく温かい家庭でさとしは暮らしていた。

さとし自身も大病院の息子ということを鼻に掛けるタイプではなく、僕自身も学校内に町の大病院の息子が同学年にいることは聞いていたが、それがさとしだと知ったのは知り合ってからだいぶ経ってからのことだった。
その話を振ってもさとしは「すごいのは親で俺は大したことないよ」と謙遜するので、そんな話はいつからかすることはなかった。

ただ一度だけさとしが声を荒げて怒ったことがある。
それは高校3年の夏、みんなが進路に迷いながらも高校生活最後の夏を満喫しようと友人の家で色々と画策している話の真っ最中だった。
その中の1人がさとしに向かって病院の息子はいいよな~と声を掛けた。
その友人も本気で進路で迷っていた時期で、その会話もいつものノリの軽い気持ちでの発言だった。
しかしさとしは立ち上がり、大きな声で相手に噛みついた。さとしのそんな顔を見たことがなく、みんな宥(なだ)めることできず、ただただ茫然と怒るさとしを見ていた。みるみる空気が気まずくなく中、さとしは怒りを爆発させ続けた。それでも徐々に冷静になっていき、さとしは自分のカバンを持って友人の家から1人出て行った。
さとしの居なくなった部屋で全員手持ち無沙汰になった。これまでさとしがみんなの間を取り持っていてくれたことに気付いた瞬間だった。
さとしが病院の息子ということを言われたくないことなんだと気付いた瞬間でもあった。その後、どんな会話をしたのかは覚えていないが三々五々に友人の家を後にした。

その日の夜、さとしから電話が掛かって来た。
後々知ったことだが、あの日、部屋にいた全員にさとしは電話を掛けていた。

「もしもし、さとしどうした?」
僕は何にもなかったような声で電話に出た。
そして気まずくなることが嫌で、僕は最近見たTVの話や隣のクラスの噂話など、どうでもいいことをひたすら喋りまくった。さとしはいつものように優しい声で相槌を打ってくれ、いつものようにくだらねぇな~と笑ってくれた。

でも今にして思えばさとしは僕に伝えたいことがあったのでは。
僕が逃げずに、今日はどうかしたのか?と聞いて上げられれば、さとしの悩みを少しでも軽くさせて上げられたんじゃないのか。

その時にさとしが僕に何を伝えようとしていたのかは、あの日あの部屋にいた友人から聞くことになるのだが。

続く・・・。


ひとり~の小さな手~♬なにもできないけど~♬それでもみんなの手と手を合わせれば♬何かできる♪何かできる♪