見出し画像

海原スーザン③~焼餃子編~

家の近所に予約の取れないお店がある。
外観は町中華のような馴染みやすい雰囲気なのだが、いつも行列ができていて、気になったので調べてみると2年連続ミシュランの一つ星を獲得している名店だった。
 
看板メニューは焼餃子。雑誌には外はパリっと焦げ目が付いているのだが、中のタネは肉汁が溢れ出てくるジューシーさがあり、お酢を少しだけ付けて食べると絶品と書いてあった。
 
そんなお店の予約がなんとか取れ、きょうは一日何も食べずにお店にやってきた。
店内に入ると丸テーブルいくつか並んでいて、2人組から大人数まで対応できる作りになっている。カウンター席もあり、1人でも来店しやすい堅苦しくないお店だ。
 
店の入口で予約した旨を店員に伝え、僕と友人は丸テーブルの一角に案内された。
おそらくもう少ししたら別のグループも来て、相席になるのだが、そんなことを気にしている者はこの店に入る資格はない。
 
生ビール2つと焼餃子を4人前注文し、活気づいた店内を見渡しながら注文を待っていると、目の前の席に店員に案内されて1人の男が座った。
 
相席となったのは海原雄山だった。
天才的な味覚を持ち、芸術的な料理センスで若い頃から料理界で名を轟かせている男。その才能は誰もが認めているが冷酷で非道、食への理解が浅い者に対しては万死に値すると筆舌に尽くしがたい罵詈雑言を浴びせる。
 
見たことのあるあの威圧感を含んだ和服に身を包み、ゆっくりと海原雄山は椅子に腰を降ろした。店員もその存在に気付いたのか注文を記入するメモ用紙が小刻みに震えている。なんとか注文を聞き取り、厨房に向かう店員の背中は汗でびっしょり濡れていた。
 
もちろん僕らの生ビールと焼餃子が先にテーブルに出されたのだが、目の前の海原雄山がどんな表情でこのお店の餃子を食べ、どんな言葉を吐くのかが気になり、箸を動かすことはできなかった。
 
僕のビールの泡が少し無くなり始めた時、エプロンを付けた店員ではなく、この店で一番偉いであろう年配のコックコートを着た男が厨房から出てきて手に持っている焼餃子を震えながら海原雄山の前に置いた。
「お待たせしました」と言ったようだが、目の前の僕の耳にもその声は聞こえない程、消え入るような声だった。
 
海原雄山は目の前に置かれた焼餃子を見て、一瞬目をカッと見開いたがすぐにその無表情に元に戻った。
気付くと店内は満席となっていたが、誰一人料理を楽しんでいる者はなく、全員が海原雄山の一挙手一投足に注目している。
 
『いただきます』
海原雄山は1人でランチを食べるOLのような小さい声で言うと、バッグからマイマヨネーズを取り出し、思いっきり焼餃子にかけた。
店内の誰もが唖然としている中、海原雄山は1人モグモグとマヨネーズが大量に掛かった焼餃子を食べ始めたのだ。
先ほど焼餃子を提供したコックコートの男は、厨房の柱の陰からその光景を見つめ、自分の作った料理の味が不味かったと思い、今にも泣き出しそうな顔をしいる。
 
しかしそうではなかった。この男は海原雄山の腹違いの弟・海原スーザンだったのだ。
マヨラーの海原スーザンは持参したマヨネーズのかかった焼餃子をペロリと食べると、再び店員を呼び、プラス3人前を上機嫌に注文、それも綺麗にペロリと平らげると、お土産にさらに3人前を注文して満面の笑顔で店員とお会計のやり取りをしていた。
 
「また来るよ」と言って店を出た海原スーザンを姿が見えなくなるまでコックコートの男は見送っていた。
 
 
 

ひとり~の小さな手~♬なにもできないけど~♬それでもみんなの手と手を合わせれば♬何かできる♪何かできる♪