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ペライチ小説〜美容院難民〜

『今日はどういった髪型になさいますか?』
初めて入った美容院。鏡に映る私に向かって20代と思われる美容師は声を掛けてきた。


この美容院はネットで調べると新規客へのサービスが充実していた。
駅から徒歩3分。オープンしてから1ヶ月も経っていない新しいお店だ。
店内に入ると、オープンしたてということもあり、白い壁はコレでもかと眩しく光り輝き、天井から吊るされた照明も外国製のものを使っているのか、オシャレの極みで、自宅にあったらやりすぎだが、このお店には馴染んでいる。

店内に何気なく置かれたソファやデスクは北欧を思わせるもので、店長の趣味なのかオーナーこだわりなのか、隅々まで配慮が行き届いている。

「いらっしゃいませ」と入ってきた客に1人の店員が声を掛けると、少し間があった後で別の店員たちも同時に声を上げ、連携が行き届いていることが分かる。
ここまでまずまずといった所だ。

何年も通ったお店から新しいお店への移行、できれば避けたいイベント。
なぜ何年も通った美容院を変えたのか、それは新人美容師さんに手渡された雑誌が理由だった。

いつもカットを担当してもらっている美容師さんが私の席に来るまでの繋ぎ役として新人さんが近づいてきた。
「〇〇さん、まもなくいらっしゃいます。こちらの雑誌を置いておくので良かったら読んでお待ちください」
新人さんが持ってきた雑誌は全部で3冊。目の前の机に、取りやすい様に並べてくれた。
1冊目はヘアカタログ、いつも美容師さんにお任せでカットしていたので、読んだことはない。
2冊目は週刊誌。芸能人のスクープ記事の横にデカデカと書かれた今週の特集の文字が目に刺さる。「小ジワは敵ではなく味方」
私はまだ30代前半、そりゃ20代の頃を比べると気になるが、まだまだ20代に間違えられることもある。こんな雑誌を手に取ったらおしまいだとヘアカタログの下に入れる。
そして3冊目。政治や社会問題を扱う硬派な週刊誌。文字の色は白黒で主張は弱いが特集の文字が目に、いや心に刺さる。「会社に居座るお局撃退法」

ふざけんじゃね〜!私はまだ30代前半で、職場では若い方ではないが、上でもない。これ読んで待ってろってことか!
折角の休日になんでこんな不愉快な思いをしなければいけないんだ。
そこからは心を無にしてカットをしてもらい、店を出た。もうこの店をドアをくぐることはないだろう。

そんな気持ちでやってきた新しい美容院。
カットを担当してくれる20代と思われる女性の美容師さんが自己紹介と共に、目の前の小さな机に雑誌を1冊置いてくれた。

1冊?これはまた勝負に出たね。どれどれ。
小さな机に置かれた雑誌を見て、思わず2度見、いや3度見してしまった。
「月刊タクシー」
私どう見られてる?

ひとり~の小さな手~♬なにもできないけど~♬それでもみんなの手と手を合わせれば♬何かできる♪何かできる♪