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声とピアノ GDRN&Magnús

アイスランドの歌手GDRN

 先日、何気なくスマホのSpotifyでポチポチ試聴していて、偶然出会えた。
「Tíu íslensk sönglög」=アイスランド・ソングログ。字面でなんとなく読み取れば、「アイスランド歌集」ということだろう。
 歌手・女優のGDRN(GuðrúnÝrEyfjörðJóhannesdóttir)とピアニストで作曲家のMagnús Jóhannによる、母国アイスランドで親しまれている新旧ポップスと自作1曲を織り交ぜた全10曲のこぢんまりしたアルバムだ。
 アルバムのジャケット写真の通り、徹頭徹尾GDRNの歌とMagnús Jóhannのピアノによるデュオによる演奏。これが、ものすごくよかった。


 GDRNは2018年にアルバムデビューし、アイスランドの音楽賞を受賞するなど若手の実力派。Magnús はGDRNのアルバムに以前から参加してたびたび共演もしているが、連名でのリーダー作は初めてのようだ。
……と知ったようなことを書いているが、GDRNを聴くのは本作が初めて。他のアルバムも聴いてみると、本作での歌声はそのままに、彼女の出自であるクラブ・ジャズ〜R&Bにデジタルサウンドを組み合わせた感じのトラックが並んでいた。じっくり聴き込んではいないが、デビュー作、2枚目ともになかなか気持ちがいい。
(きっとミュージックマガジンとかでは紹介されていたのだろうなあ)
 当然ながらアイスランド語はかけらもわからない。……それはポルトガル語でもスペイン語でも、まあ同様なのだけど。
 とにかく、私はGDRNの歌声にやられてしまった。一聴してもっていかれた。

アルバム「Tíu íslensk sönglög」


本国ではLPが出ているようだ。

 歌詞もわからず、せめて曲想だけでもつかみたいと、曲名をGoogleに頼って翻訳してみる。

1. Einhvers staðar einhvern tímann aftur  またどこかで
2. 700 þúsund stólar 70万(脚の)イス
3. Hjarta mitt 私の心
4. Ég veit þú kemur 私はあなたが来ることを知っている
5. Hvert örstutt spor 小さな一歩ごとに
6. Vikivaki ウィークリーウォッチ
7. Ó, þú ああ、あなた
8. Rósin バラ
9. Leiðin okkar allra みんなの道
10. Morgunsól 朝の太陽 ※オリジナル曲

 1曲目『Einhvers staðar einhvern tímann aftur』は、コロコロ転がるようなポップなメロディだがGDRNの歌声は切ない。やはり「またどこかで」という曲名通り、男女の切ない場面を切り取った歌なのだろうか。心の機微がそのまま乗ったかのようなJóhannのキータッチの優しいこと。
 調べてみると、この曲とジャジィなアレンジの7曲目『Ó, þú』は70年代から活動するポップバンドMannakornの楽曲で、リーダーで作曲家のMagnús Eiríkssonのペンによる曲のようだ。オリジナルはサウンドもポップな仕上がりだった。同バンドの他の曲もいい。
 ……アイスランドのポップス、好きだぞ。

 2曲目の『700 þúsund stólar』は、まるでシューマンの歌曲と民謡を混ぜたかのようなメロディとアレンジ。Jóhannの伴奏、ソロともにクラシカル。2分50秒からのピアノは、この部分だけ独奏として聴いてもいいほどの美しさだ。
 しかし、調べてみると(アイスランドの音楽はビョークをかするくらいでまったく知らないので)、この曲は同国のレゲエやソウルをベースにしたバンドHjalmarのカバーで、原曲はもろにロックステディだったので腰を抜かした。メロディがよいので、180度の転換も可能だったのだろう。9曲目の『Leiðin okkar allra』も同バンドのカヴァーだ。
 両者はすでにコラボ曲も発表していた。完全にHjalmarマナーのレゲエ曲。かっこいい。

 3曲目はキューバン・ジャズに影響を受けた作曲家・ベーシストTómas R. Einarssonの楽曲。原曲のイメージを受け継ぎつつも、キューバンなシンコペートを抑えてメロディのよさを浮き上がらせている。
 4曲目は60年代に活躍した歌手Elly Vilhjálmsのカバー。原曲はスキーター・デイヴィスのようなオーケストラル・ポップス。
 5曲目はシンガー・ソングライターSvavar Knúturのカヴァー。もともとギター1本の伴奏による曲なのでストレートなアレンジだが、Knúturのフォーキーな歌い口とは異なる、GDRNのシリアスな歌唱が新たな魅力を楽曲に加えたようだ。
 6曲目はValgeir Guðjónssonという1950年代生まれの作曲家による作品で、どことなくヘディ・ウェストの『500マイル』を想起させるフォーキーな曲。
 8曲目は1920年代生まれの詩人・作曲家(おそらく)のGuðmundur Gunnlaugsson Halldórssonの作品。スタンダード扱いの楽曲と思われ、クラシカルでフォーキーなメロデイが心地よい。歌唱、ピアノともに優しげな雰囲気だ。
 (ちなみに、上に挙げた原曲はすべてYoutubeで聴くことができる)

 と、結局はちょっとずつだが全曲に触れてしまった。
 やや偏りはあるものの、おそらくはアイスランドの有名曲のショーケースになっているに違いない。よいカヴァー集の例外に漏れず、本作も未知の音楽へのよきガイドとなっていることがわかる。以前も書いたが、コンセプトとしては私の愛聴盤、kd ラングの「ヒムズ・オブ・ザ・フォーティーナインス・パラレル」と同様で、新たなアイスランド・スタンダードの提示という趣向と思われる。

  最後の10曲目『Morgunsól』のみオリジナル(クレジットがないので作者不明)。短く鋭いフレーズを繋ぎ合わせたメロディライン、サビの浮遊感ある展開は現代っぽい。カヴァー曲群とは異なる雰囲気で、逆にこれをGDRNの普段のアレンジでやるとぴったりとハマるだろう。

 GDRNの声質は、私のストライクど真ん中。しゃっちょこばってソウルするのでもなく、ジャズっぽく曇らせるでもなく、フェイクを多様するのでもない。芯に力強さを感じさせるアルトの美声を、ストレートに朗々とうたわせている。
 Magnús Jóhannのピアノも好きになった。数々のレコーディング、ライヴに
参加しつつも、ベースはジャズのようだ。メロディックなソロも、GDRNの歌に寄り添う抑制的な歌伴もすばらしい。
 2021年に出ているリーダー作もよさそうだ。いわゆる北欧ジャズとも肌合いの違う、チェンバーポップ感が聴こえるジャズになっている。

 それから、「Tíu íslensk sönglög」は録音もとてもよさそうだ。Spotify音源をSureのイヤフォンでそのまま聴いていたが、シンプルなハイファイ録音。終始イスか床のきしむ音がピアノに合わせて入っていたので、おそらく基本はヴォーカルとピアノにマイクを立てて、せーので録音したのだろう。
 フィジカルでもデジタルでも、しっかりした音源でじっくり堪能したいと思わせてくれる作品だ。対訳も知りたいところ。

 個人的には風邪気味であまり調子が良くない年明けを過ごしているのだが、ふたりの演奏を聴いて、心だけは暖かくいられている。

 ライヴ映像も貼っておきます。※写真と動画はvisir.isより


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