見出し画像

ミシェル・ウィリスのカナダっぽさとアメリカっぽさ

ミシェル・ウィリスの新譜がすごくいい

 ベッカ・スティーヴンスのインスタグラムで、ミシェル・ウィリスの新譜が出ることを知ったのが、4月13日のこと。すでにコアポートからフィジカルがリリースされていたのにまったく気がつかず(Amazonで探せなかった)、Spotifyで聴き始めたらとてもよいアルバムで、前作の「See Us Through」も好きだが、断然この「Just One Voice」のほうが私の琴線に触れたのだった。
 例によって、柳樂光隆 氏がnoteにインタビュー記事をあげてくださっている。バックグラウンドを深掘りした内容で、ミシェル・ウィリスを聴くときには必読の内容だ。※1 ※2

 この記事を読むと「See Us Through」がどうしてああいう音楽表現になったのかを理解するヒントが得られる。同作のクワイア的な声の重ね方や楽曲に感じた厳かな雰囲気が、音楽的背景にある「英国国教会」と「カナダ」という接点を知って、すとんと落ちるものがあった。※3
 これまでの来歴も語られていて、彼女の才能に気が付くマイケル・リーグもすごいし、わずかなチャンスをものにした彼女の才能の非凡さにも恐れ入る。

※1 ウィリスのような音楽家の記事は柳樂氏が必ずアクションしてくれているので、本当にありがたい。音楽を聴き込む上で、こうした的を射た記事が必須だし、音楽誌を買わなくなったので、記事単位でよいものにお金を払う仕組みはとてもよい(と言いつつほとんどお支払いしていないのだけど)。
※2 そして、フィジカルはどんどんコアポート盤が増えていくのだ。
※3 「See Us Through」を聴いて、すぐに頭に浮かんだのがk.d.ラングの「Hymns of the 49th Parallel」。「現代カナダ人の聖歌」をアコースティック・サウンドで再解釈し、高解像度で収めた名品だ。

クロスビーという磁場

 ちょっと強引だが、デヴィッド・クロスビーがウィリスの感性に強く惹かれ、応援した理由が想像できる。というのも、クロスビーは同時代のアメリカ人シンガー・ソングライターでは稀有なほど、カナダ的・英国的感性とシンクロして作品を生み出してきたからだ。ジョニ・ミッチェル、ニール・ヤング、そしてグラハム・ナッシュ。
 そうした交流を糧にして、クロスビーという複雑なパーソネルの持ち主は、つねに規定文化の枠組みからはみ出そうとしているかのようだ(その意味ではスティーヴン・スティルスのルーツもアウトサイダーだ)。
 それが顕著なのはソロファースト「If I Could Only Remeber My Name」。1971年という早い段階で、ロックであることをやめてしまっている。※4 アメリカにいながらアウトサイダーの感覚と触れ合うことで、汎アメリカ的な視点を担保しているかのようだ。この姿勢は、しかたは違うがブライアン・ウィルソンとも通底するだろう。
 一方でCSNのロックっぽい活動や、投げやりに出される危うげな自作で音楽生活を続けながらも、突如として「If I Could Only Remeber My Name」の感性がクロスビーの奥底では死んでいなかったことを「Lighthouse」で証明した。そこら辺の経緯は、先の柳樂氏の記事に詳しい(クロスビー理解の意味でも必読)。
 この磁場(あるいは灯台が放つ光を目印)に、ウィリスらは引きつけられ、新たな音楽創造の契機となった。

※4 よく知られた超絶名録音盤なので、ぜひちゃんとした環境で聴いて欲しい。難解な作品とされているが、『Traction In The  Rain』のような、シンプルでひたすら美しい楽曲も収録されているし、『Orleans』や『I'd Swear There Was Somebody Here』などはまさにスティーヴンスやウィリスに直結したハーモニードリブンな楽曲だ。特にアルバムラストの後者は完全なクワイアであり、1分20秒程度の曲だが圧倒的なインパクトを残す。1971年作。


「Just One Voice」 

 さて、先に書いたように「Just One Voice」により惹かれたのは、前作のメロディのよさを引き継ぎながらも、鍵盤が弾き倒され、リズムアプローチが多彩な作品になっているからだ。ウィリスのヴォーカルは陰影を増して、歌唱の表現がさらに豊かになっている。
 エレピのイントロで始まる『10th』は前作との違いを印象付ける一方で、クワイア的なコーラスが重なってきて、今回のアルバムの所信表明となっている。この曲や『On & On』『Think Well』などはサウンドの奥行きが見事だ。Ground Up Musicの諸作に通底するが、録音、特にポストプロダクションがとても巧みに感じる。おそらく手法自体はオーソドックスなものだろうが、使うべきところでデジタルをしっかり使い、どの曲でも重層感と静寂感、ナチュラルな質感を並立させている。
 『Liberty』の重心の低いファンクネス、『Janet』の静から動へのダイナミックな転換。バンドコンシャスな曲ならではの楽しさがあり、アレンジがすばらしい。
特に『Janet』はクロスビーとの連名による「Here If You Listen」のアレンジとの比較をしてほしい。
 おやっと思わせるのがマイケル・マクドナルドを迎えた『How Come』で、これまでになくポップな曲だ。
 サンダーキャットを例に出すまでになく、マクドナルド流のミニマル・ソウルとも呼ぶべきサウンドへの再評価が著しい。これはグリッドからいかに外れながら尖ったリズムを生み出すかに心血を注いでいる、昨今のビートミュージックからの揺り返しなのだろうか。マクドナルドの楽曲は、コンパクトな鍵盤リフやキメがジャストのリズムで刻まれるものが多い印象で、その反復感がミニマルさにつながっている。フォーキーなグルーヴとの相性のよさもあるだろう。※5
 ともあれ、『How Come』は前半がウィリス、後半がマクドナルド参加で楽曲イメージがはっきり分けられており、トリッキーな構成でもつながりはスムーズ。前半のテーマとなるクラシカルなピアノリフが(映像ディゾルブのように)シンコペートしながらソウル風に転換して、上手にマクドナルドパートに合体。キャロル・キングが作るヤング・ソウル曲のような明るい盛り上がりを維持したまま終わる。
 別のインタビューでは、ウィリスが高校時代に教師のすすめで『ミニット・バイ・ミニット』を聴いて、ピアノリフを練習したというエピソードも明かされている。また『Liberty』のバックグラウンド・ヴォーカルがマクドナルドの声で聞こえていたというから、ウィリスのソウルとの接点として欠かせない存在だったのかもしれない。

 ちなみに、私がドゥービー・ブラザーズで唯一愛聴しているのが「Livin' on the Fault Line(運命の掟)」。「ミニット・バイ・ミニット」よりもミニマルでシリアスな、ジャズ〜フュージョン感をたたえたサウンドだ。サンダーキャットはこちらによりシンパシーを感じているのではないだろうか。

※5 まったく話は変わるが、ジャストなリズム感で強靭なグルーヴを叩き出す例として私はいつも、カール・レイドルとジム・ゴードンのコンビをあげている。彼らもまた60年代〜70年代にクワイアをグルーヴ化し続けていた。

 しっとりした『Til the Weight Lifts』でハーモニカが挿入されているのは、インタビューにあるようにスティーヴィ・ワンダーからの影響か。しかしピアノと歌だけで押し切ってもよいと思わせるほど、聴かせる楽曲だ。
 ソウルマナーのデュエット曲『Trigger』も好きだ。同郷のテイラー・アシュトンのヴォーカルも今作の雰囲気によくはまっている。
 このように、楽曲へのアプローチは曲ごとにガラガラ変わるのだが、ウィリスのヴォーカルと鍵盤を軸にし、さらには音楽的な基盤が確固としているので、アルバム全体のイメージは見事に統一されている。サウンド含め、ここはファブ・デュポンの手腕だろう。

 たとえ話ばかりになってしまうのだが、「Just One Voice」でのエレピ、アコギ、スモーキーなヴォーカルのからみを聴いて、若干の既聴感とともにまっさきに思い浮かべたのはローラ・アランの1978年のファーストアルバムだった。ロジャー・メイヤー録音による鮮度の高いサウンドで、エレピの音の粒立ちにうっとりする。
 だからアランの才能を買っていたデヴィッド・クロスビーがウィリスに惚れ込むのも、またむべなるかな。フォーキーな楽曲を最大限ソフィスティケートされたアレンジが聴ける作品だ。アランはクロスビーの「If I Could Only Remeber My Name」にも参加している。

カナダからアメリカを見据えて

 ここでようやく今回の投稿タイトルに触れる。2016年の「See Us Through」と2022年の「Just One Voice」との違いを考えるときに、前者をカナダ・サウンド、後者をアメリカ・サウンドと括って補助線を引くと、それぞれのアルバムの立ち位置が見えてくる気がする。
 スナーキー・パピーやクロスビーらとの本格的な活動を経て、音楽に磨きがかけられたと思うし、複雑なアレンジの面白さにも改めて気づかされたことだろう。それによって、影響を受けたというダニー・ハザウェイやジム・ウェッブといった様々なアメリカン・ミュージックのエッセンスがウィリスの音楽に還流してきたことは想像に難くない。カナダからアメリカを見据えた音楽の深化。だから、上記の補助線もそう無理筋でもないはずだ。それに『Liberty』PVは彼女の拠点
であるマンハッタン〜ブルックリン(じゃないかも)界隈を闊歩しながら、いまのアメリカの市井の人々をさりげなく捉えた映像になっている。

 とにかく、私にとって「Just One Voice」はこれからさらに何度も聴くことになるであろう、とても好ましいアルバムなのだ。それは「Lighthouse」や「Here If You Listen」と並べられている。

(了)

写真はhttps://rockcelebrities.net/より




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?