見出し画像

ザ・フーの「Who's Next」はどれを聴く?

謎の多い1984年CD

【前提】以下は、後追いで仕入れた情報を、自分なりのリスニングで肉付けしたものです。

「Who's Next」の1984年MCA米国初版CDの素晴らしさについては、すでに10年以上前に再発見されて、一部好事家の間では十分に話題になっていた。
 その理由は、DCC Compact Classics(とのちのAudio Fidelity)というオーディオファイル向けの名盤高音質リイシューを数多く手掛けたスティーヴ・ホフマンがマスタリングを手掛けているからだ(ホフマンは当時MCAの社員だった)。
 経緯は不明だが、ホフマン版マスターは早々に入れ替えとなり、同じカタログ番号MCAD37217で売られ続けていた。だから、わざわざ手間をかけてマスターを差し替えたのである。

 MCAD37217の輸入盤はゴロゴロあり、かつ安価で中古CDが手に入る。しかし、ホフマン版は意外と見つからない。欲しいと思うとないのが、この手のブツの宿命か……。簡単に手に入るのは、米国盤LP用のマスターをデジタイズした、非ホフマン・マスタリング盤ばかりなのだ。
 リミックス&ボーナストラック入りの1995年リイシューとも、英オリジナルマスターを元にした2枚組の2003年リイシューとも違った音質で「Who's Next」を聴きたいのあれば、どれだろうと、数百円で買える80年代の輸入盤を選んでも完全な損にはならない
 というのも、音圧が高めのリイシューCD(それでもラウドネスウォーとは無縁)よりも、ずっとアンプの音量を上げて気持ちよく聴くことができるからだ。

 だからこそ、改めて気になっていたのが、本当にホフマン版が最良なのか、ということ。すでにマニア諸氏が答えを出しているとはいえ、じっくり聴き直すことにした。また、巷間言われているホフマン版の見分け方についても気になっていた。

 このタイミングでこういう原稿を書こうと思ったのは、愛聴しているホフマン版以外にも輸入盤のバージョンがたまってきたからだ。

他に国内盤2枚、LP2枚が手もとにある

*本来であれば俎上に乗せるべきモービルフィデリティ盤なのだが、プレミア価格なこともあり入手できていないことをお断りしておく。

 ホフマン版も、見つかりさえすれば数百円で買えるので、宝探しの楽しみも大いにある。見つけた時は「即買い」だ。

MCAD37217のバージョンについて

 同一品番でも同じ音ではない。けっこう衝撃的な事実ではないだろうか。
 裏ジャケに1984年販売表記のあるMCAD37217のバージョンは、手元に3枚ある。
①バーコードなし、USA製造、43分23秒
②バーコードなし、日本製造、43分13秒
③バーコードあり、USA製造、43分13秒
 このうち明らかに音がよいのが①。ホフマン版の条件とされるランニングタイムに準拠していて、これがホフマン版MCAマスターを示す唯一の証拠となる。
 上記のほかにも、④バーコードなし、日本製造、43分23〜25秒という盤があり、条件だけ見れば理想的なホフマン版となる。ホフマンは日本製CDの精度を信頼していたので、スタンパーを日本に送ってプレスさせていたようだ(のちのモービルフィデリィテイCDも同じ手法だろうか)。
 日本プレスではないものの、①はとてもいい音がするCDだ。④とは巡り合っておらず、その聴き比べができた時には、本稿に書き足そうと思っている。

①バーコードなし、USA製造、43分23秒
②バーコードなし、日本製造、43分13秒
③バーコードあり、USA製造、43分13秒



 これも詳細はあやふやなままだが(申し訳ありません)、どうも「Who's Next」の米国オリジナルLPのカッティングのためのマスターテープのEQがあまりうまくなかったようだ(他国に比べてタイムが10秒程度短いのもそのせいだろう)。特に低域の頭打ち感が強かったといい、そのLP用のマスターをそのまま使った②と③は広がり感に欠け、圧迫感のある音になってしまっている。
 ホフマンは英国から来たコピーマスターに遡って、改めてそれからCD用のマスターを準備し、マスタリングしたのだろうか。ここは、私個人がわかっていないところだ。
 だから、②③も、その意味ではシンプルなA/DだけでCDになっているとは言える。そのため、先述した通りボリュウムをしっかり上げて楽しむことができるのは、初期CDのアドバンテージだ。

 状況を整理すると、1984年時点で日本には「Who's Next」のCDスタンパーが、日本盤を含めると3種類存在したことになる。かなり特異な状況だろう。

ホフマン版はやはりいい

 ①〜③の見た目はほぼ一緒だ(レーベル面のフォントが違ったりするが)。しかし、それがディスクになったときの違いは圧倒的だった。
 ヴォーカルはセンターにしっかり定位しつつ、そのリヴァーブ成分はほどよいバランス感でスピーカーの左右に広がる。ドラムやシンセは平板にならず立体感がある。「Who's Next」のサウンドの味付けに欠かせないアコギをきれいに拾い上げている。ピラッミッドバランスのどっしりした、バンドサウンドを堪能することができる。
 特に本マスタリングのよさを示しているのが、変則的なミックスの『Gettin' In Tune』だ。この曲は特にヴォーカルの質感の差が顕著で、ホフマン版はレンジ感が広く、同時に声の力感がある。また、バンドが一気に雪崩れ込む40秒あたりも聴きどころで、サウンドステージが整理されているので飽和することがない(左chにキース・ムーンの重たいドラムが集中しているから、他の盤ではごちゃっとした感じで聞こえる)。
 なによりも、この盤で『Gettin' In Tune』のベースを聴いてほしい。ジョン・エントウィッスルの音色のよさがわかるし、ルートから離れた浮遊感あるベースラインの美しさも、音場が整理されているがゆえに際立っている。

 これは薄味の「フラットトランスファー」ではない。初期CDにあって、ここまでしっかりした「リマスタリング」ができていたことに驚いてしまう。

 「Who's Next」の録音そのものについては言及しないつもりだったが、改めて聴くとミック・ジャガー邸でモバイル録音された『無法の世界』のサウンドの素晴らしさが際立っている。ドラムのヌケ感が圧倒的だ。オリンピック録音であるほかの曲と比べると……ある意味、キース・ムーンじゃないみたいである。

手持ちのほかの輸入盤〜結論

 MCAのゴールドディスクMCAD11312はマスターが同じかと思いきや、ランニングタイム43分36秒で手持ちのなかでは最長。サウンドは同じMCAでも①〜③とも傾向が異なる、ややドンシャリ気味のマスタリングだった。タイムからもわかるように別マスターを使ったのだろう。
 上掲の写真のLP ボックスのような体裁なのが、英国HMVのナンバリング入りCD。大きなパンフレットが入っているので、モノとしてはおもしろい。中に入っているのは西ドイツプレスのポリドールCD(813651-2)で、ランニングタイムは43分15秒だ。特別なマスタリングが施されているかもと期待して買ったのだが、そうではなかった。
 CD自体はセンターまでスパッタリングされた80年代の体裁で、サウンドは元気があって悪くはない。箱付きは熱心なファン向けだが、中身だけなら中古でいくらでも見つけられるだろう。

 というわけで、結果は下馬評通りとなった。
 ホフマン版がなければ、個人的には輸入盤なら西ドイツ盤、またはデジタルらしく整いのよいデラックスエディションが聴きやすい。だが、ザ・フーの熱心なファンで、デジタルでの決定版的な「Who's Next」が聴きたければ、ホフマン版を探す意義は大きいと考えている。(了)




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?