見出し画像

アワビで経済性と社会性を考える

『道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である。』

二宮尊徳

かの有名な二宮尊徳(薪を背負いながら本を読んでいる銅像が日本中にある二宮金次郎のこと)の言葉です。

この言葉は、社会に害を及ぼし、倫理的でないビジネスについては言うまでもありませんが、どんなに立派な取り組みでも、利益の出ないものは社会貢献とは言えないことを示しています。

社会貢献をするためには、持続可能な取り組みを支えるための報酬や環境整備に必要なお金が不可欠だからです。

経済性→社会性の現実

経済的な側面と社会的な側面のバランスが重要です。最近、私が働いている会社で持続可能な取り組みに関するアンケートがありました。

「あなたの業務が持続可能な社会への貢献に繋がっていると思いますか?」

このような問いがありましたが、素直に「はい」と答えることがでなかったです。

私はITインフラ関連の商材(PC・サーバ)を販売する営業をしています。仕事に価値がないとは思っていませんが、最近のサステナビリティの取り組みは、既存のビジネスに社会貢献性の観点を当てはめただけのような印象を受けます。

私の違和感は、経済性を優先に考えた、後から社会的な意義を捻りだしたように感じると言うことです。

本当に理想的なのは、社会的な行動の結果、経済的にも評価されるべきであり、そうでない場合は(市場の失敗)、それを補うメカニズムが必要だと思います。

アワビで経済性と社会性を考える

経済性と社会性の両立は本当に難しいです。アワビの例を挙げてみましょう。

アワビは3年ほどかけて成長し、食用に適したサイズになります。早期に捕獲すると肉が十分に成長しておらず、結果として多くのアワビを捕まえる必要があります。

そのため、漁業関係者は一定以上の大きさのアワビを捕獲することを禁じるルールを持っています。

しかし、自己中心的な人々がこのルールを無視し、アワビの成長サイクルを破壊することもあります。これが経済性が社会性を圧倒する例です。

社会性を考慮するならば、3年以上経ったアワビしか取らないルールを守る仕組みが必要ですが、それでも外部からの影響や個々の行動によって台無しにされることがあります。

現金のプレゼントは合理的か?

経済性と社会性は個人関係でも重要です。
例えば、友人や家族への誕生日プレゼントに現金を渡すことを考えてみましょう。

経済的には合理的です。
プレゼントをもらった側は欲しいものを買えます。プレゼントを渡す側も、プレゼントを考える時間を削減できます。

しかし、お互いの関係にとって良いのか?
社会的かと考えると違うと思います。

なぜなら、家族や友人関係はお金では交換できない価値の関係性もあるからです。あの子のために費やした時間はこれぐらいだから、時給◯◯円ぐらい損したなんてことは考えないはずです。

経済的な合理性と社会的な関係性のバランスを考えることは、私たちにとって極めて重要なテーマです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

この記事が参加している募集

お金について考える

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?