見出し画像

「あの日のように抱きしめて」再会が語る訣別。

 お久しぶりです。
 夏の暮れに導入した「Filmarks」が便利すぎてなかなかnoteの記事が書けていなかったわけですが、相変わらず元気にしています。
 新作待機中の楽しい推し活に加えて足場としているジャンルに新規アプリ配信もありなかなか忙しい。オタクには立ち止まる暇がないんだぜ。

 今日は先日、ワクチン2回目の朦朧とした意識の中で視聴した映画「あの日のように抱きしめて」(2014年ドイツ)の感想を書こうと思います。
 きっかけは現在Netflixで配信されているオリジナルドラマ「The defeated -混沌のベルリン-」で女性刑事役を演じるニーナ・ホスのことが大好きになってしまい、そういえば「水を抱く女」を見た直後に勢いでポチったアマゾン取り扱いのドイツ映画DVDの中に彼女の主演作がありましたねと思い出した次第。高名な「東ベルリンから来た女」も同様にまだ寝かせているわけですが、これでいつ自宅篭城の憂き目を見ても何の心配もありません(自宅篭城できる機会を見越して温存していたが一度も自宅篭城できる機会がなかった社畜)。
 ということで前情報なし、一人でうどんをすすりながら見るドイツ映画。限界オタクの様相を呈していますが本人は至って幸せです。

 あらすじ
 戦後間もないベルリン。ユダヤ系歌手のネリーは奇跡的に強制収容所から生還するが、顔に重度の怪我を負い、整形手術を受ける。医師からは人相が変わることを告げられるが、生き別れた夫と再会するために元の顔にしてほしいと懇願するネリー。必死の思いでピアニストだった夫と再会するネリーだが、夫はネリーに気づかないどころか「亡くなった妻を演じてくれ」とネリーに持ちかけてくる。

 初めに言ってしまうと救いはないです(断言)
 日本のフィクションに慣れているとあまりに救いがなさすぎてはっ、おま、マジかこの1時間半で好きになるだけならせてこの結末はねえだろと暴れそうになりますが、ありません。
 ネリーは夫の裏切りをこれでもかというほど痛感するし、最愛の女友達も失ってしまうし、マジでなんで生きて帰ったのかわからないくらいの絶望に身を任せますし、夫のジョニーはジョニーで全てに気づいた時の茫然自失とした様子がどれほどの絶望を湛えていたかわかりすぎて辛いくらいでした。主演のニーナ・ホスはもちろんのこと相手役のロナルト・ツェーアフェルトも意味わからんくらい演技が上手いので、1シーンずつの登場人物たちの心境がありありとわかるとともに、明らかになっていく事実の一つ一つが残酷に作用する。フィクションとしてはこの上なく上質ですが、見ている方は削られます。対話はしっかりと持たれているが故に余計に。

 ヒロインは夫と再会したい、元の生活に戻りたいと「至極当たり前の」希望を持って死にかけながら日常に戻ろうとするのに、実は戻ってみれば夫は自分を死んだものだと思い込んでいて、あんなに「かつての妻でしかない」ネリーを目の当たりにしながら最後の瞬間まで全く気づかない。それほど思い込みは激しく、裏を返せば確実に妻は生きていないものだと信じ、己を納得させるしかなかった、それだけ妻への感情は多義的な意味で「大きかった」のだろうと解釈しました。夫は妻を裏切ったし妻の財産目当てだし、それでも確実に死んでいると思わなければこんな大それたことはできなかった。じゃないといくら手術で若干顔が変わってようが「もしかして・・・」って思うだろ普通、というところでまるで否定するように「妻に似てない」「妻はこうだった」って指示するのがもうね。本人でしかないんだよそれは、筆跡なんて他人が似せられないのよ、とか思うんですけども。認めないんでしょうね。認めないからバイアスがかかって、どんどん別のものに見えてしまう。だからこそ動かぬ証拠を目の当たりにした時の動揺と混乱、全てが繋がった衝撃でピアノが弾けなくなった演出、全てが良かったね。あれニーナ・ホスは本人歌唱なんでしょうか? すごくよかったですね。吹き替えでもいいんだけど、今までなんとも思わず聴いてた「スピーク・ロウ」が全然違う響きを伴ったのが本当に良かった。

 月並みな言い方ですが、愛していればこそ最終的には別離を迎えるしかなく、もうこの計画に乗った時点で二人は元のように暮らすことが不可能なのはわかりきってるんですけども、だからこそ邦題の「抱きしめて」が響くわけで。再会のハグにあれほど訣別のニュアンスを潜ませることができるだろうか。駅のホームのハグシーンは映画史に残る名シーンであるような気がしている。側から見たら誰もが感動の再会だと思うはずのシーンで、自分の愛情を全て捨てるような覚悟で抱きしめるネリー。この一番いいところをディスクパッケージにしているのはネタバレ感も否めないのだが(こんな記事書いてる奴がネタバレを気にするなという話ではあるが)日本版の制作スタッフがいかにこの映画に惚れ込んで日本での公開に漕ぎ着けたかがよくわかる仕様でした。邦題も若干月並みではあるけど良かった。この邦題で原題が「Phoenix」なのめっちゃいいな。一応作中に出てくる夫婦が再会するクラブの名前なんですが、不死鳥。何度でも燃え盛るんですよね。燃えて死んでまた生じて。そういう意味ではある種の普遍性を感じる主題でもありました。愛って何なん。

 クリスティアン・ペツォルト監督は去っていく女を描かせたらわりと私好みだなと思ったのでいつか「Die Frau auf der Treppe(階段を降りる女)」を映画化してほしいです。
 あとロナルト・ツェーアフェルトは私「僕たちは希望というなの列車に乗った」で主人公格の父親(労働者)をやってるのも好きだったんですがいつ見ても吐きそうなほどうめえ〜〜〜と思うので過去作も洗っています。めちゃくちゃいい。「バビロン・ベルリン」で反社のおじさん(出所直後)やってたけどあれもすごくいい。絶妙に肉感的でセクシーな一面がある。ウィキペディア調べたら柔道の東ドイツジュニアチャンピオンだったらしいという知見を得ました。旧東ドイツを代表する名優の一人だな。「東ベルリンから来た女」も円盤は買ってるのでそのうち見る。

 あとどうでもいいですが「スピーク・ロウ」はさることながら「Night and day」のドイツ語歌詞がよかったのでApple Musicで探しましたが見つけられませんでした。音源あるかなあ…あったら嬉しい。知ってる人いたら教えてください。

 今回は以上です。
 すごくいい映画だったので広く見られてほしいですが元気な時に見てほしいです。
 明日は推しの新作ドラマが封切られる日です。やべえ楽しみ。なんで仕事なのかわからないけど。

 またよろしくどうぞ。では。

頂いたサポートは映画、文学、芸能、またはそれに類する業界に正規の手法で支払います。より良い未来を、クリエイターの幸福を、未だ見ぬ素敵な作品を祈って。