見出し画像

りんごちゃんのかくれんぼ

りんご箱の蓋をワクワクしながら外す。

りんご箱は木でできている。
木箱に釘で蓋をしてあるので、おじいちゃんが丁寧に釘抜きで抜いてくれた。
蓋を外したら、見えたのはりんごじゃない。
「あれ?ちゃいろいつぶつぶがいっぱい。りんごちゃんはどこにいるの?」
おばあちゃんがフフフと笑って「りんごがかくれんぼしてるんだよ。もういいかい?って聞いてごらん。」
「もういいかい?」
「もういいよ!」
おじいちゃんが子どものような声でお返事してくれた。

りんご箱にぎっしり入っている茶色のつぶつぶの中に、そうっと手を入れてみた。
大きな丸いものが手に触れた。

「あ!りんごちゃんみっけ!」
ゆっくり取り出してみた。
マイの重ねた両手のひらに、真っ赤でツヤツヤの大きなりんごが乗っている。

「おばあちゃん、りんごちゃんはなんでかくれんぼしてたの?」
「あのね、この茶色のつぶつぶは籾殻っていうの。
りんごが傷つかないように、温度や湿度を保って新鮮なままマイちゃんに届くように籾殻が守ってくれてたの。
だからその中でりんごがかくれんぼしてたんだよ。」
「もみがら?おんど?しつど?」
「籾殻はね、稲のお米一粒一粒を包んで守ってくれてるんだよ。
わかりやすく言うと、そうねえ栗の皮みたいな感じかな。
籾殻や栗の皮は食べれないけど、洋服のように中の実を守ってる。
お米が成長して収穫する時に、ありがとうって籾殻を外すと玄米が出てくる。
その玄米を精米するといつも食べているピカピカの白いお米の粒が出てくるの。」
「おちゃわんでたべるごはんのこと?」
「そうよ、ご飯のこと。
温度はマイちゃんも寒かったり暑かったりすると体がだるくなるでしょう?湿度は雨の日みたいにジメジメしてると気持ち悪いし、あんまりカラカラに晴れていると喉が渇くよね。
お米を守っていた籾殻はね、次にりんごをいろんなことから守ってくれて、採れたての美味しいままで届けてくれるんだよ。
木箱もね、りんごが息をできるようにしてくれているのよ。」
「もみがらってすごいんだね!きばこのおうちに、もみがらのおふとんがはいっているんだ!だからマイのウチにも、こんなにまっかでツヤツヤのおおきなりんごちゃんがとどいたんだね!」
目がキラキラ輝く。

くんくんと鼻を近づけると甘く優しい香りがした。
マイは待ちきれず、洋服のすそで皮を少し拭いてりんごをカプリ!
「おいしい!あまーい!」
はち切れんばかりの笑顔のマイを見て、おばあちゃんはフフフと笑った。
「マイちゃん、お行儀悪いですよ。これからおばあちゃんがりんごに魔法をかけるから、ちょっと待っててね。」
「おばあちゃんまほうつかいなの?すごーい!」
前掛けをかけたおばあちゃんの周りを飛び回って台所について行った。

おばあちゃんは大きなボウルに、たっぷりの水と塩を少しだけ入れて、よく混ぜて流しに置く。
まな板と包丁を出して、
「マイちゃん、そのりんご、おばあちゃんにくれる?」
なにかまほうをかけてくれるんだ!
「はい、どうぞ。」
一口かじったりんごを渡した。おばあちゃんはもう一個りんごを持ってきた。
どんなまほうなのかな?

包丁を握った魔法使いのおばあちゃんのシワシワの手で、かじったりんごが半分に切られた。
さらに半分、半分と切られ八等分になった。
そのりんごの種の部分をちょっと切って、種だけ三角コーナーに。
真ん中が少し欠けた三日月になってゆく。
マイはじっと見ていた。
今度は包丁の先だけで赤い皮に長細いV字の切れ込みを入れた。
その下の半分を右側から、左側からも皮を剥く。
残っている赤い皮の上の方に爪楊枝でちょんちょんと小さくて丸い点をふたつつけ、ポチャッと塩水に入れる。
「あ、りんごちゃんがウサギさんになったよ!ウサギさんがうみでおよいでいるみたい!」
ボウルの中をじっと見つめる。
「マイがかじったりんごちゃんだけちいさいね。ウサギさんのあかちゃんこんにちは。」
手を振った。
「もういっこのりんごちゃんにはどんなまほうをかけるの?」
「マイちゃんが大好きなキラキラしたものになるのよ。フフフお楽しみに。」

もう一個のりんごは丸いまま横にして、包丁でゆっくりと薄く薄く切っていく。
すると、丸くて薄いりんごの真ん中の蜜がお星さまのカタチになっていた。
「わぁ!りんごちゃんのなかにはおほしさまがかくれんぼしているんだ!」
「りんごはね、ウサギにもなるし、お月さまやお星さまにもなるの。」
薄く切ったりんごもボウルにポチャッと入れる。
「おいしくなぁれ。おいしくなぁれ。」
おばあちゃんがボウルの中を指でクルクルゆっくり回す。
「おばあちゃん、そうやってまほうをかけるの?」
「そうよ。内緒だからね。」
とウィンクした。
「そろそろ魔法がかかった頃ね。みんなで食べましょう。」
おばあちゃんは、りんごたちをボウルからザルにあげ、しっかり水気を切る。
そしてお皿にキレイに並べた。
マイは、おばあちゃんおじいちゃんと一緒に食べた。
ウサギさんのりんごちゃんはサクサク。
お月さまとお星さまのりんごちゃんはパリパリ。
「おいしいね!」

スーパーで発泡スチロールのネットに包まれ美しく陳列されたりんごを眺めていた。
その中から真っ赤でツヤツヤの大きなりんごを二個、手にとって買って帰った。
木箱に入って籾殻に包まれたりんごを最後に見たのはいつだろう?


「ねえ、マイお姉ちゃん、リンゴの木を見たことある?」
「ないよ。どんな感じなのかな。」
「あのね、細い道の両側に広い広いりんご畑があって、そこに沢山のリンゴの木が植わってるの。
秋になると真っ赤なりんごの実がいっーぱいなってね、とってもかわくてキレイなんだよ!
マイお姉ちゃんにも見せてあげたいから、来年の秋は一緒に見に行こう!」
「ケンタ君、私も連れて行ってくれるの?」
「うん!もちろん。
僕のお家の近くにはりんご畑があっちこっちにあるから食べ放題だよ!」
にっこり笑うケンタ君の顔はいつも青白かった。

私は小児病棟の看護師になって10年。
元気になって家に帰る子ども達。
治療をしても家に帰ることのない子ども達。


エプロンを着けて、キッチンでりんごを丁寧に切る。
ウサギさん、蜜が星に見えるスターカットしたりんごを塩水にさらしてから、しっかり水を切り、キレイにお皿に盛り付ける。
そのお皿を、窓を開けひんやりした空気が入ってくる出窓に置いた。

出窓に腰掛け、ウサギさんのりんごちゃんをカプリ!とかじる。
涙がつぅーっと頬を伝う。
「ケンタ君、一緒にりんご畑には行けなかったけど、ウサギさんのりんごちゃんとお星さまのりんごちゃんをマイお姉ちゃんのお家で食べようね。
お空にいる私のおばあちゃんとおじいちゃんに会えたかな?
おばあちゃんは魔法の手を持っていて、おじいちゃんは力持ちでとっても優しいんだよ。
みんなで食べようね。」
スターカットのりんごちゃんの、星の真ん中にある小さな穴から夜空を見た。
青黒い空に星がかすかに見える。
そのりんごちゃんもパリパリ食べた。
甘くて優しい香りが口に広がる。
涙のほんのりした塩味でりんごの甘味が引き立つ。
「おいしいね。」

しばらく経ったある日、りんご箱が送られてきた。
木箱の釘を釘抜きで丁寧に抜き、蓋を外す。
籾殻の上に一枚の絵葉書が入っていた。
りんご畑の写真の絵葉書。
そっとめくると美しい字。


北村 舞依 様

賢太が生前、大変お世話になりました。
「お家に帰ったら、マイお姉ちゃんにりんご畑を見せるんだ。一緒にお腹いっぱいになるまでりんごを食べるんだ!」といつも言っておりました。
私の実家のりんご畑で収穫したりんごです。
一人暮らしでは食べ切れないかと思いますが、りんごパイやジャムにしたり、豚肉ソテーのソース、カレーの隠し味などにもなりますのでお召し上がりください。

田辺 晶子


ケンタ君のお母様からの絵葉書だった。
「もういいかい?もういいよ!」ひとりでつぶやき、そっと籾殻の中に手を入れる。
真っ赤でツヤツヤの大きなりんごちゃんが出てきた。
もう一度絵葉書の写真を見て、手が震える。
「ケンタ君、りんごちゃんかわいくてキレイだね。」
声を出して泣いた。

それから毎年、秋になるとりんご箱と絵葉書が送られてきた。

数年後、私の娘がワクワクしながら、かくれんぼをしているりんごちゃんに話しかける。
「もういいかい?もういいよ!」
出てきたりんごを手に持ってはキラキラと目を輝かせている。
りんごちゃんをウサギさんや、スターカットにしたり、ミキサーにかけて豚肉のソテーのソースを作ったりした。
「ママ、おいしいね!」

籾殻はガーデニングの肥料に混ぜる。
りんごちゃんの木箱は娘のおもちゃ箱や、猫のチョビ助のベッドになる。

ある年から、りんご箱が送られてくることはなくなった。
きっと、お空でケンタ君とケンタ君のお母さん、私のおばあちゃんおじいちゃんと一緒にウサギさんのりんごちゃんを食べているのだろう。


娘は嫁に行き、孫も生まれた。
旦那もおばあちゃんおじいちゃん達のところへ行った。


スーパーで美しく陳列されたりんごを二個、手にとって買って帰る。
りんご箱から出てきた、真っ赤でツヤツヤの大きなりんごちゃんから、甘くて優しい香りがしたのを思い出しながら、出窓に腰掛ける。
夜空を見上げながら、ウサギさんとスターカットのりんごちゃんを食べた。
「おいしいね。」


・・・

絵・物語・じゅんみは

・・・・・


このお話は、小牧幸助さんの企画
 #シロクマ文芸部
に参加するために作りました。


「りんご箱」から始まる…。

私が幼稚園児の頃、親戚から送られてきたりんごの木箱。
そして二十代の頃、仕事の出張で長野県に初めて行き、りんご畑の間の細い道を車で通り、なんて美しいのだろう。とウットリ眺めたことを思い出しながら書きました。
祖母は魔法使いではありませんでしたが、よくりんごをウサギさんに切ってくれました。
爪楊枝で目をつけるのは私がしていることです。

最近は木箱に入って籾殻に包まれたりんごを見かけることはすっかりなくなりました。

企画のお題を知ってから、ふとあの木箱の蓋の釘を外す時のワクワク感。籾殻の感触、そっと取り出した真っ赤でツヤツヤの大きなりんご。そのりんごの甘くてやさしい香りを思い出し、物語がモクモクと頭に湧いてきました。


スターカットは、以前はそやmさんに教えてもらった切るのが難しいけど、目でも口でもとっても美味しく食べれるりんごの切り方です!


「あかい〜りんごに  くちび〜るよせて〜♪」なんて鼻歌を歌って♪♬


久しぶりの企画参加!できました♪
とても嬉しいです😊

小牧幸助さん、ステキな企画をありがとうございます!🍎🌳🍎



はそやmさんの「りんごのスターカット」の作り方のnote🍎
硬いものを食べれないオトンも喜んで食べれます!
冷やすとさらにパリパリ感がマシマシ⭐
おすすめです!


こちらが私がチャレンジしてみたスターカットのりんごちゃんのお写真です!
塩水につけるのをサボったため変色気味…でもとっても美味しかったー!🍎😆
※「にく」は2/9「肉の日」の朝ラジオのnoteだったからです

ちゃっかり♪


読んでくださりありがとうございます! 嬉しくて飛び上がります♪ 私の心の中の言葉や絵を見て何か感じてくださればいいなと願いつつ。